無題
投稿者: eccolaprimaveraaaaa 投稿日時: 2005/04/15 22:12 投稿番号: [2780 / 95793]
中国人、日本人、イスラエル人、アメリカ人に関する「how to know」本は星の数ほどあります。しかしこういう注釈本で対象を理解することは、本当はその対象に行き着くことではありません。注釈が注釈をよび、捻じ曲がる。私は常に原本を手に入れそこから感じることを大切にしています。ピカソの絵に関する注釈をいくら読んでも、その絵そのものに出会って感じることが最も正確であるのは当然のことです(自身にとって)。江戸の国学者が切り開こうとした道はまさにこの様なことだったのではないでしょうか。注釈が注釈を呼ぶ、ネットの発言がまた別の発言を呼ぶ。この悪循環が世界中で起こっていると思う。「本を捨てよう町に出よう」ではありませんが、生身の人間から受ける感覚を「お互い」大事にしたいものです。PCなんてたいしたことない(でも両刃の刃ですよね)。いよいよ負けるのではなく(科学に)、正しく利用する世の中にならないとこの先つまらないと思います。
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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