神として祭られている人とは
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/05/01 15:30 投稿番号: [27460 / 95793]
二宮尊徳は言った。
世界、人はもちろん禽獣虫魚草木にいたるまで、すべて天地に生々するものは皆天の分身といえる。
なぜならボウフラでも蜻蛉でも草木でも天地造化の力を借りずに人力で生育できないからだ。
しかし、人はその長だ。その証拠は禽獣虫魚草木どれを勝手に支配し生殺してもどこからも咎めがない。人の威力は広大だ。
ところが、人と禽獣虫魚草木はともに天の分身という点では区別がない。だから仏教では悉皆成仏と説く。わが国は神の国だから悉皆成神といえる。
なのに世間で生きているときは人で死んだら仏になるというのは違っている。生きていて仏だから死んでも仏だ。生きているとき鯖で死んだら鰹節とはならないだろ。林にあるときに松で伐ったら杉にならないだろ。生きて人が死んで仏にはならない、
生前仏だから死んだら仏になる。生前神だから死んで神になる。世の中に人が死んだのを祭って神とすることがある。これまた生前神だから神になったのだ。神といい仏というが国が違うから名前が違うだけのことだ。
世の中は草木もともに神にこそ死して命のありかをぞ知れ
世の中は草木もともに生如来死して命のありかをぞ知れ
(二宮尊徳翁夜話を現代語訳)
これは メッセージ 27400 (ayikned2005 さん)への返信です.
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