国家システムの止揚を
投稿者: g0007n 投稿日時: 2005/04/28 06:24 投稿番号: [25212 / 95793]
日本や中国、アメリカ合衆国とヨーロッパに始まった国家システムが世界中に広がって、地球が国家によって分断されているのが現代の人類の「文明」状況だ。
文明は繁栄をつくりだしもしたが、実はその中で国家は戦争機械として、互いに国民を動員し、残虐な戦争を繰り返してきた。
人間はそのコントロールが十分にできない。文明を築き、繁栄を享受できると考えた人間は、いまや実は、文明によって操られ、繁栄の陰に追いやられた人間は餓死し、あるいは高度に発達した兵器の犠牲者になり、あるいは、機械化された兵士となり、あるいは、機械化された兵士に少しでも人間性を提供するよう期待された「性奴隷」となるか、あるいは、征服の証とするかのようにレイプされる。
これは日本人がすべて経験してきたことであり、現代の世界で起こっていることでもある。
この文明のパラドックスを考えることが歴史を、なかんずく戦争についての歴史を考え、戦争責任を問うことなのである。
日本人の平和ボケとは、この文明のパラドックスを認識し、建設的態度を取らず、特権的繁栄を正当化し悦に浸っている無知と無邪気さである。
このような「人種」に怒りの鉄槌を浴びせたのが「911テロ」だとも言えるだろう。
そして、それはパールハーバーに例えられたが、たしかに日本人の大東亜戦争にかけた思いは、当時の「西洋」に対するそれに良く似た感情があったことは確かである。
しかし、そんなことすら忘れて、自己に都合よく振舞う人間が多すぎる。
平和ボケとは困ったもんだ。
そして実は文明は現在環境問題にぶつかり内省を要求されている。もはや人類は自己のコントロールを取り戻すことでしか自己の生存をはかれないのである。
潜在的に相対立する国家システムではこの問題に十分に適応できないだろう。
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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