>共通教科書はありえない
投稿者: maytaq 投稿日時: 2005/04/27 17:51 投稿番号: [24896 / 95793]
歴史は一つ、事実は一つだけれど、国や立場によってその評価は多様なのだ、ということはしっかり教育しておくべきなんだと思う。
これは国内でもあることだ。日本だってほんの60年前には「足利尊氏は逆賊」などというおバカなことを真顔で教えていたし、最近でも田沼意次の業績に対する再評価が進んでいる。井伊直弼などは地域によってだいぶ評価が分かれるはずだ。おそらく水戸あたりではボロクソに言われるであろう彼だが、私が少年時代を過ごした横浜には彼を称えるために公園がつくられ、銅像まで建っている。
だから作るべきなのは共通認識ではなく相違の認識であり、共通教科書ではなく相違がわかるように書かれた教科書なのではないか。
確かに私たちは日本人なのだから、日本人の価値観を学び、それに従って判断すれば良いのであって、韓国や中国の価値観に合わせる必要など毫もない。そこで変に迎合してみせることは、自らのアイデンティティを棄てることになりかねない。
しかしもはや韓国や中国と断交してやって行ける時代ではないのだから、相手がどういう価値観を持っているか、知識として知っておくことは必要だ。知識として得ることすら拒絶したら、それは要するに知識レベルが劣る人間、ただのノータリンでしかない。
これは メッセージ 24848 (inisie さん)への返信です.
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