ある特攻隊員の手紙
投稿者: redirector_japan 投稿日時: 2005/04/27 14:30 投稿番号: [24784 / 95793]
「きけわだつみのこえ」より
元山より母堂への最後の手紙
お母さん、とうとう悲しい便りを出さねばならないときがきました。
親思う心にまさる親心今日のおとずれ何ときくらん、この歌がしみじみと思われます。
ほんとに私は幸福だったです。我がままばかりとおしましたね。
けれどもあれも私の甘え心だと思って許して下さいね。
晴れて特攻隊員と選ばれて出陣するのはうれしいですが、お母さんのことを思うと泣けてきます。
母チャンが私をたのみと必死でそだててくれたことを思うと、何も喜ばせることができずに、安心させることもできずに死んでゆくのがつらいです。
私は至らぬものですが、私を母チャンにあきらめてくれ、ということは、立派に死んだと喜んでくださいと言うことはとてもできません。けどあまりこんなことはいいますまい。
母チャンは私の気持ちをよく知っておられるのですから。
婚約その他の話、二回目にお手紙いただいたときはもうわかっていたのですがどうしてもことわることができませんでした。また私もまだ母チャンに甘えたかったのです。この頃の手紙ほどうれしかったものはなかったのです。一度会ってしみじみ話したかったのですが。やはりだかれてねたかったのですが、門司が最後になりました。この手紙は出撃を明後日にひかえてかいています。ひょっとすると博多の上をとおるかもしれないのでたのしみにしています。かげながらお別れしようと思って。
千代子姉さんにもお会いできず、お礼を言いたかったのですが、残念です。私が高校を受けるときの私の家のものの気づかいが宮崎町の家とともに思い出されてきます。
母チャン、母チャンが私にこうせよといわれた事に反対してここまで来てしまいました。私として希望通りでうれしいと思いたいのですが、母チャンのいわれるようにした方がよかったなあと思います。
でも私は技量抜群として選ばれるのですからよろこんでください。私たちぐらいの飛行時間で第一線に出るなんかほんとはできないのです。
選ばれた者のなかでも特に同じ学生を一人ひっぱってゆくようにされて光栄なのです。
私が死んでも満喜雄さんがいますしお母さんにとっては私のほうが大事かもしれませんが一般的にみたら満喜雄さんも事を成しえる点において絶対にひけをとらない人です。
千代子姉さん博子姉さんもおられます。たのもしい孫もいるではありませんか。私もいつもそばにいますから、楽しく送ってください。お母さんが楽しまれることが私のたのしむことです。
お母さんが悲しまれると私も悲しくなります。みんなと一緒にたのしくくらしてください。
ともすればずるい考えに、お母さんのそばに帰りたいという考えにさそわれるのですけど、これはいけないことなのです。洗礼を受けた時、私は「死ね」と言われましたね。アメリカの弾にあたって死ぬよりも前に汝を救うものの御手によりて殺すのだといわれましたが、これを私は思い出しております。すべてが神様の御手にあるのです。神様の下にある私たちには、この世の生死は問題になりませんね。
エス様もみこころのままになしたまえとお祈りになったのですね。私はこの頃毎日聖書を読んでいます。読んでいると、お母さんの近くにいる気持ちがするからです。私は聖書と賛美歌と飛行機につんでつっこみます。それから校長先生からいただいたミッションの徽章と、お母さんからいただいたお守りです。
結婚の話、なんだかあんな人々をからかったみたいですがこんな事情ですからよろしくお断りしてください。意志もあったのですから。(ほんとに時間があったら結婚してお母さんを喜ばしてあげようと思ったです)
許してください、とこれはお母さんにもいわねばなりませんが、お母さんはなんでも私のしたことは許してくださいますから安心です。
お母さんは偉い人ですね。私はいつもどうしてもお母さんに及ばないのを感じていました。お母さんは苦しいことも身にひきうけてなされます。私のとてもまねのできない所です。
お母さんの欠点は子供をあまりかわいがりすぎられる所ですが、これはいけないというのは無理ですね。私はこれがすきなのですから。
お母さんだけは、また私の兄弟たちはそして私の友達は私を知ってくれるので私は安心して征けます。
私はお母さんに祈ってつっこみます。お母さんの祈りはいつも神様はみそなわしてくださいますから。
この手紙、梅野にことづけて渡してもらうのですが、絶対に他人にみせないでくださいね。やっぱり恥ですからね。もうすぐ死ぬということが何だか人ごとのように感じられます。いつでもまたお母さんにあえる気がするのです。あえないなんて考えるとほんとに悲しいですから。
元山より母堂への最後の手紙
お母さん、とうとう悲しい便りを出さねばならないときがきました。
親思う心にまさる親心今日のおとずれ何ときくらん、この歌がしみじみと思われます。
ほんとに私は幸福だったです。我がままばかりとおしましたね。
けれどもあれも私の甘え心だと思って許して下さいね。
晴れて特攻隊員と選ばれて出陣するのはうれしいですが、お母さんのことを思うと泣けてきます。
母チャンが私をたのみと必死でそだててくれたことを思うと、何も喜ばせることができずに、安心させることもできずに死んでゆくのがつらいです。
私は至らぬものですが、私を母チャンにあきらめてくれ、ということは、立派に死んだと喜んでくださいと言うことはとてもできません。けどあまりこんなことはいいますまい。
母チャンは私の気持ちをよく知っておられるのですから。
婚約その他の話、二回目にお手紙いただいたときはもうわかっていたのですがどうしてもことわることができませんでした。また私もまだ母チャンに甘えたかったのです。この頃の手紙ほどうれしかったものはなかったのです。一度会ってしみじみ話したかったのですが。やはりだかれてねたかったのですが、門司が最後になりました。この手紙は出撃を明後日にひかえてかいています。ひょっとすると博多の上をとおるかもしれないのでたのしみにしています。かげながらお別れしようと思って。
千代子姉さんにもお会いできず、お礼を言いたかったのですが、残念です。私が高校を受けるときの私の家のものの気づかいが宮崎町の家とともに思い出されてきます。
母チャン、母チャンが私にこうせよといわれた事に反対してここまで来てしまいました。私として希望通りでうれしいと思いたいのですが、母チャンのいわれるようにした方がよかったなあと思います。
でも私は技量抜群として選ばれるのですからよろこんでください。私たちぐらいの飛行時間で第一線に出るなんかほんとはできないのです。
選ばれた者のなかでも特に同じ学生を一人ひっぱってゆくようにされて光栄なのです。
私が死んでも満喜雄さんがいますしお母さんにとっては私のほうが大事かもしれませんが一般的にみたら満喜雄さんも事を成しえる点において絶対にひけをとらない人です。
千代子姉さん博子姉さんもおられます。たのもしい孫もいるではありませんか。私もいつもそばにいますから、楽しく送ってください。お母さんが楽しまれることが私のたのしむことです。
お母さんが悲しまれると私も悲しくなります。みんなと一緒にたのしくくらしてください。
ともすればずるい考えに、お母さんのそばに帰りたいという考えにさそわれるのですけど、これはいけないことなのです。洗礼を受けた時、私は「死ね」と言われましたね。アメリカの弾にあたって死ぬよりも前に汝を救うものの御手によりて殺すのだといわれましたが、これを私は思い出しております。すべてが神様の御手にあるのです。神様の下にある私たちには、この世の生死は問題になりませんね。
エス様もみこころのままになしたまえとお祈りになったのですね。私はこの頃毎日聖書を読んでいます。読んでいると、お母さんの近くにいる気持ちがするからです。私は聖書と賛美歌と飛行機につんでつっこみます。それから校長先生からいただいたミッションの徽章と、お母さんからいただいたお守りです。
結婚の話、なんだかあんな人々をからかったみたいですがこんな事情ですからよろしくお断りしてください。意志もあったのですから。(ほんとに時間があったら結婚してお母さんを喜ばしてあげようと思ったです)
許してください、とこれはお母さんにもいわねばなりませんが、お母さんはなんでも私のしたことは許してくださいますから安心です。
お母さんは偉い人ですね。私はいつもどうしてもお母さんに及ばないのを感じていました。お母さんは苦しいことも身にひきうけてなされます。私のとてもまねのできない所です。
お母さんの欠点は子供をあまりかわいがりすぎられる所ですが、これはいけないというのは無理ですね。私はこれがすきなのですから。
お母さんだけは、また私の兄弟たちはそして私の友達は私を知ってくれるので私は安心して征けます。
私はお母さんに祈ってつっこみます。お母さんの祈りはいつも神様はみそなわしてくださいますから。
この手紙、梅野にことづけて渡してもらうのですが、絶対に他人にみせないでくださいね。やっぱり恥ですからね。もうすぐ死ぬということが何だか人ごとのように感じられます。いつでもまたお母さんにあえる気がするのです。あえないなんて考えるとほんとに悲しいですから。
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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