わが子への遺書
投稿者: charshuemen 投稿日時: 2005/04/23 21:11 投稿番号: [21383 / 95793]
以下は、第64振武隊長として出撃された渋谷大尉の遺書です。ここに書かれている通り、大尉は父母を亡くし育ってこられました。
このように身を捨てて日本を守ってくださった戦士が多数いらっしゃるのは、日本人にとっては最大の誇りです。彼らを祭るのは我々日本人全ての義務であって、外国が容喙すべき事では絶対ないのです。
http://www.geocities.jp/kamikazes_site/isyo/wagako_isyo.html#澁谷健一大尉(2002/06/30)
少候22期30歳、第64振武隊長、20年6月11日万世出撃、99襲、沖縄の敵艦に突入。澁谷大尉は仙台飛行学校で特操1期の区隊長をしており特攻精神を説き、自ら特攻隊員になろうとした。幾度か志願し99襲の第64振武隊の隊長となり、若い操縦者8名を連れて出撃散華した。
出撃に際して倫子、生まれる愛子へ
渋谷健一陸軍大尉
父は選ばれて攻撃隊長となり、隊員十一名、年歯僅か二十歳に足らぬ若桜と共に決戦の先駆となる。死せずとも戦いにかつ術あらんと考ふるは常人の浅はかなる思慮にして、必ず死すと定まりて、それにて全軍敵に総体当たりを行ひ、尚且つ、現戦局の勝敗は神のみぞ知り給ふ。真に国難といふげきなり。父は死にても死するにあらず、悠久の大儀に生るなり。
一
寂しがりやの子に成るべからず母あるにあらずや、父も又幼少にして父母を病に亡くしたれど決して明るさを失わずに成長したり。まして戦いに出て壮烈に死すと聞かば日の本の子は喜ぶべきものなり。父を恋しと思わば、空を見よ、大空に浮かぶ白雲にのりて父は常に微笑で迎ふ。
(略)
http://www.geocities.jp/kamikazes_site/isyo/wagako_isyo.html#
これは メッセージ 1 (nono7370 さん)への返信です.
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