koibitonoirumachikado様。
投稿者: chambrechambrechambre 投稿日時: 2005/04/20 19:22 投稿番号: [16207 / 95793]
koibitonoirumachikado様。
お言葉をありがとうございました。
「・・・戦争というものは殺し合いです。自分が相手を殺さなければ相手に自分が殺されます。」このようなことを書けるということは、ご自身が戦争を経験なさった方でしょうか。そのような方から見れば、イメージとしての戦争しかしらない私の言葉は無知で甘いのだろうと思います。でも、書きながら注意したつりなのですが、どちらかが悪いから謝るということは書いていないつもりなのです。
あまりに大きな歴史の流れや事実を無見るときに、完全に全てを同時に見て同時に理解し同時に黒白をつけることなど、歴史学者でもない自分にできるはずはありません。
「悪いと言えば戦争そのものが悪いのです。」私もそう思います。そして、悪いからと言って人間が戦争をしなくなるとも思えません。
そして、戦争は「哀しい」等と感傷にひたれるような、「物語」でもないとも思います。誰もが戦争を自分の中に内蔵していると考えるますから、「あなた1人の問題ではないのです。」のはその通りだとも思います。
「このようなお人よしの考えは益々相手をつけあがらせるだけのことであり、国際的に通用しません。」・については外交の際や、海外生活では、必要なことなのだろうとは思います。国際的な事実として認定されていないことを簡単に謝ったりすれば、よけい問題を混乱させることになるだろうとも想像します。
ですが、今、ここは、公の場の面もありますが、私は特に断って、ある一人の方に自分の「感情」を吐露したのです。ですから、私がある一人の方に向けた言葉を、koibitonoirumachikado様はじめ、日本国の国益にとっての「迷惑」とは取らないでほしいと御願いするしかありません。
これが、実際の外交の場であるのなら、「御願いされたって、謝るべき事実と決まっていないことに対して謝ってしまったりすれば、もうお終いだ。日本国にとって迷惑になってしまうのだ。」ということはあり得るとも思いますが、ここで個人のレベルでの部分をきわだたせても許されるのではないでしょうか。
また謝る内容は「戦争で起こったわるいこと」です。
koibitonoirumachikado様の文章にあるような「自分が相手を殺さなければ相手に・・」というような状況で誰かを殺してしまうというようなことまでをも含めてはいません。そのようなせっぱ詰まった状況を経験した方の事についてまで、平和の中で生きてこられた自分が謝るなどと失礼なことはできません。
ですから、自分が考えるところの「戦争で起こしたわるいこと」をもっと説明しなければいけないのですが、それについてはもっとよくよく考えないと書けないのです。 戦争は集合体で行われるものでしょうが、集合の中にあっても作用する「個人」の面から、ある「個人」の言葉に応えたのです。
ありがたいことに、その方は返事をくれました。少し解釈が違う部分もあったのですが、返事の中には「暴力行為は恥ずかしい」との、「感情」を動かしてくださった言葉があったように思います。
私は、それに対して自然に「嬉しい」という感情が起こります。 戦争は絶対なくならないという考えに立った上での現実の中にあっては、このような交流の中に生まれる「良い感情」を信じることしかないのではありませんか。
そうしたことで「・・・利用され付け込まれるだけです。」とは考えません。「だけ」とは言い切れないと思います。
外国暮らしを多少知っているので「自分の立場を強固にし、安易な謝罪など避けるこれが国際社会での正しいありかたです。 」との言葉にうなずく面も多々ありますが、理解し合えるような相手の場合には他の方法で交流するべきときもあると考えます。
私は職業外交官ではないので、私が「ごめんなさい」と言ったことで日本人全体に迷惑をかけたというようなことなないと考えます。
今のように世界が国という単位で動いているうちは、それぞれが自分の国を大切に思うことしかできないし、自分が自国を大切に思うように、どの国の人も自分の国が大切なのだと言うことを確認しあいたいです。
以上の理由から、私は、自分が書いたことに関しては、後悔していませんし、それに対して、自分の言葉で返事をくださったkoibitonoirumachikado様の率直なご意見にも感謝します。
長くなってしまいました。
ご意見に感謝いたします。
お言葉をありがとうございました。
「・・・戦争というものは殺し合いです。自分が相手を殺さなければ相手に自分が殺されます。」このようなことを書けるということは、ご自身が戦争を経験なさった方でしょうか。そのような方から見れば、イメージとしての戦争しかしらない私の言葉は無知で甘いのだろうと思います。でも、書きながら注意したつりなのですが、どちらかが悪いから謝るということは書いていないつもりなのです。
あまりに大きな歴史の流れや事実を無見るときに、完全に全てを同時に見て同時に理解し同時に黒白をつけることなど、歴史学者でもない自分にできるはずはありません。
「悪いと言えば戦争そのものが悪いのです。」私もそう思います。そして、悪いからと言って人間が戦争をしなくなるとも思えません。
そして、戦争は「哀しい」等と感傷にひたれるような、「物語」でもないとも思います。誰もが戦争を自分の中に内蔵していると考えるますから、「あなた1人の問題ではないのです。」のはその通りだとも思います。
「このようなお人よしの考えは益々相手をつけあがらせるだけのことであり、国際的に通用しません。」・については外交の際や、海外生活では、必要なことなのだろうとは思います。国際的な事実として認定されていないことを簡単に謝ったりすれば、よけい問題を混乱させることになるだろうとも想像します。
ですが、今、ここは、公の場の面もありますが、私は特に断って、ある一人の方に自分の「感情」を吐露したのです。ですから、私がある一人の方に向けた言葉を、koibitonoirumachikado様はじめ、日本国の国益にとっての「迷惑」とは取らないでほしいと御願いするしかありません。
これが、実際の外交の場であるのなら、「御願いされたって、謝るべき事実と決まっていないことに対して謝ってしまったりすれば、もうお終いだ。日本国にとって迷惑になってしまうのだ。」ということはあり得るとも思いますが、ここで個人のレベルでの部分をきわだたせても許されるのではないでしょうか。
また謝る内容は「戦争で起こったわるいこと」です。
koibitonoirumachikado様の文章にあるような「自分が相手を殺さなければ相手に・・」というような状況で誰かを殺してしまうというようなことまでをも含めてはいません。そのようなせっぱ詰まった状況を経験した方の事についてまで、平和の中で生きてこられた自分が謝るなどと失礼なことはできません。
ですから、自分が考えるところの「戦争で起こしたわるいこと」をもっと説明しなければいけないのですが、それについてはもっとよくよく考えないと書けないのです。 戦争は集合体で行われるものでしょうが、集合の中にあっても作用する「個人」の面から、ある「個人」の言葉に応えたのです。
ありがたいことに、その方は返事をくれました。少し解釈が違う部分もあったのですが、返事の中には「暴力行為は恥ずかしい」との、「感情」を動かしてくださった言葉があったように思います。
私は、それに対して自然に「嬉しい」という感情が起こります。 戦争は絶対なくならないという考えに立った上での現実の中にあっては、このような交流の中に生まれる「良い感情」を信じることしかないのではありませんか。
そうしたことで「・・・利用され付け込まれるだけです。」とは考えません。「だけ」とは言い切れないと思います。
外国暮らしを多少知っているので「自分の立場を強固にし、安易な謝罪など避けるこれが国際社会での正しいありかたです。 」との言葉にうなずく面も多々ありますが、理解し合えるような相手の場合には他の方法で交流するべきときもあると考えます。
私は職業外交官ではないので、私が「ごめんなさい」と言ったことで日本人全体に迷惑をかけたというようなことなないと考えます。
今のように世界が国という単位で動いているうちは、それぞれが自分の国を大切に思うことしかできないし、自分が自国を大切に思うように、どの国の人も自分の国が大切なのだと言うことを確認しあいたいです。
以上の理由から、私は、自分が書いたことに関しては、後悔していませんし、それに対して、自分の言葉で返事をくださったkoibitonoirumachikado様の率直なご意見にも感謝します。
長くなってしまいました。
ご意見に感謝いたします。
これは メッセージ 15799 (koibitonoirumachikado さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/cf9qa4nhbfffca5ga5b_1/16207.html