中国の反日デモ

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日中戦争の発端:通州事件

投稿者: qwedkhj 投稿日時: 2005/04/18 23:56 投稿番号: [11761 / 95793]
《錦水楼の門に至るや、変わり果てた家の姿を見て驚くと共に、死体より発する臭気に思はず嫌な気持になりました。(略)次に帳場配膳室に入りました。ここに男一人、女二人が横倒れとなり、或はうつぶし或は上向いて死んでをり、ここの屍体は強姦せられたか否かは判りませんが、闘つた跡は明瞭で、男は目玉をくりぬかれ、上半身は蜂の巣の様でありました。》

《私は一年前に行つたことのあるカフェーへ行きました。扉を開けて中へ入りましたが、部屋は散乱してをらず、これは何でもなかつたかと思ひつつ進んだ時、一つのボックスの中に、素つ裸の女の屍体がありました。これは縄で絞殺されてをりました。カフェーの裏に日本人の家があり、そこに二人の親子が惨殺されて居りました。子供は手の指を揃へて切断されてをりました。》

《南城門の近くに一日本人の商店があり、そこの主人らしきものが引つぱり出されて、殺された屍体が路上に放置されてありました。これは腹部の骨が露出し、内臓が散乱して居りました。》

凄惨な虐殺現場の目撃証言であった。最後の証人としてレヴィン弁護人が喚問したのは、桜井文雄(元陸軍少佐)であった。桜井も七月三十日、連隊主力とともに入城し、虐殺の模様を詳しく垣間見た支那駐屯歩兵第二連隊小隊長である。

《先ず守備隊の東門を出ますと、殆ど数間間隔に居留民男女の惨殺死体が横はつて居るのを目撃し、一同悲憤の極に達しました。敵兵は見当りませんでしたので、夜半迄、専ら生存者の収容に擔りました。「日本人は居ないか」と連呼し乍ら、各戸毎に調査して参りますと、鼻部に牛の如く針金を通された子供や、片腕を切られた老婆、腹部を銃剣で刺された妊婦等が、彼所此所の塵、埃箱の中や、壕の内、塀の蔭等から、続々這ひ出して来ました。》

《某飲食店内には一家悉く皆首と両手を切断されて居るのを目撃しました。婦人と云ふ婦人は十四五歳以上は悉く強姦されて居りまして、見るに忍びませんでした。》

《旭軒と云ふ飲食店に入りますと、そこに居りました七八名の女は全部裸体にされ、強姦射(刺)殺されて居りまして、陰部に箒を押込んである者、口中に土砂を填めてあるもの、腹部を縦に断ち割つてあるもの等、全く見るに堪へませんでした。》

《東門の近くの鮮人商店の付近に池がありましたが、その池には首を縄で縛り両手を併せて、それに八番鉄線を通し(貫通)一家六名数珠繋ぎにして引廻された形跡、歴然たる死体がありました。池の水は血で赤く染つて居たのを目撃しました。》

あまりにも残虐な虐殺法であった。しかし、これは古代支那から続く戦法であった。



、無辜の日本居留民二百六十余名の惨殺は全く殺のために殺を好む鬼畜も所業であり、天人共に許さざる蛮行である。罪なく、抵抗力もなき幼児・婦人に対してさへ、一片の憐れみの情を示すこともなく、ただ日本人であるからと云ふ理由で白昼平然と犯し、掠め、凌辱し、惨殺して行つた彼等支那保安隊は、人身を装ふ悪鬼悪獣と云はずして何と呼ぶべきであらうか。
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