侵略国日本は国際社会の前科者

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ユダヤの日本侵略(7)

投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2012/01/24 21:02 投稿番号: [8445 / 8458]
つまり、万次郎はアメリカの諜報員であった可能性があります。

1860年、幕府がアメリカに使節を送った際、万次郎は幕府海軍操練所教授として一行に加えられ、咸臨丸で勝海舟や福沢諭吉と同船しています。ここで勝海舟と昵懇の間柄となりました。

その後、1865年には長崎で薩摩・長州・土佐藩のために軍艦購入の仲介をしています。購入先はグラバー商会。

こうしてジョン万次郎とグラバーを介して明治維新の主役たちが長崎のグラバー邸に参集することになります。

1862年、坂本龍馬は江戸に出府した後、赤坂氷川にあった勝海舟邸を千葉重太郎と共に訪ねて、ここで勝に弟子入りを認められます。

1864年、神戸に幕府海軍操練所が開かれ、勝海舟が軍艦奉行となり、人材を育成することになりました。

ところがこの海軍操練所は一年も経たないうちに閉鎖となり、勝と行動を共にしていた龍馬は長崎へ行き、海運会杜・亀山杜中を設立します。

5月に亀山社中を設立したばかりのビジネス初心者である龍馬は、8月にグラバーから7800挺の銃を入荷し、それを薩摩藩に売却するという、信じられない大仕事を速攻で成し遂げています。

また、1866年、薩長同盟が結ばれた際、龍馬がこれを仲介したことは有名ですが、実際には京都薩摩藩邸で行われた協議に出席していなかったことが最近明らかとなりました。しかし、合意文書には龍馬も署名をしており、ある程度、薩長同盟締結に関わっていたことは確かでしょう。ただ、一介の脱藩浪人が、何の後ろ盾もなしにこのような大事業を成功させたり、政治力を発揮することは普通なら考えられません。
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