ユダヤの日本侵略(5)
投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2012/01/19 05:27 投稿番号: [8439 / 8458]
トーマス・ブレーク・グラバーは、1838年生まれのスコットランド人で、フリーメーソンでした。
21歳の時に来日し、23歳でジャーディン・マセソン商会と代理店契約を結び、25歳の時に現在でも観光名所となって残っている有名なグラバー邸を完成させました。このグラバー邸に、長州の伊藤博文、薩摩の五代友厚、亀山社中・海援隊の坂本竜馬、三菱財閥の岩崎弥太郎ら、幕末から明治にかけて活躍した人物が続々と訪れています。
グラバー商会は、ロイズ保険、香港上海銀行等の代理店でもありました。ジャーディン=マセソン、ロイズ保険、香港上海銀行は、いずれもロスチャイルド系列の企業です。
グラバーは長崎の外国商会の中で最大の武器商人であり、薩長のみならず幕府側にも武器を売っていました。戊辰戦争の帰趨を決めたのは武器の優劣の差ですが、薩長側は当時世界最新鋭の野戦大砲であるアームストロング砲を使って勝利を収めました。ところが、この大砲は、元々幕府がグラバーに注文していたものでした。しかしグラバーは、代金の未納を口実にして幕府に大砲を渡さず、これらを長州藩に横流ししたのです。
グラバー商会は、明治維新政府誕生と同時に、わずか10万ドルの負債を理由に不可解な倒産していますが、その資産と経営は、最終的にグラバーの弟子、岩碕弥太郎の三菱財閥に引き継がれます。
三菱造船所の前身となるドックをつくったのはグラバーですし、三菱のビール会社であるキリンビールを立ち上げたのもグラバーでした。
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
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