真珠湾奇襲計画は筒抜けのつづき11
投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/09/27 01:39 投稿番号: [8352 / 8458]
肯定説
当時のアメリカ国務長官ハルの回顧には、1941年1月27日に東京のグルー大使から、「日本の軍部は日米間に事が起こった場合には真珠湾を奇襲する準備をしている」という情報を受けたため、陸、海両省に報告したという記述がある[23]。今野勉の『真珠湾奇襲・ルーズベルトは知っていたか』には、グルーが国務省に送った電文が以下のように紹介されている[24]。
“ わが友人駐日ペルー公使[25]が当大使館員に語ったところによると、友人は一日本人を含む複数の情報源から、日本は、万一アメリカと紛争となった場合、全軍事力を使用して、真珠湾に大攻撃を加える意図を持つ旨、聞いた。わが友人ペルー公使は、この計画は空想的なように思えたけれど、多くの筋から聞いたので、当方に伝達するに足るものと認めたものである。 ”
この内容を国務省から知らされたハロルド・スターク海軍作戦部長は、2月1日にキンメル太平洋艦隊司令長官に宛てた電報で「海軍情報部としては、この流言は信じられないものと考える。さらに、日本陸海軍の現在の配備と行動について知りえたデータによれば、真珠湾に対する行動が迫っているとか、予測できる将来において、こうした行動が計画されているとは考えられない」という情報部の見解をつけてこの内容を伝えている[26]。とはいえ、米政府が事前に真珠湾攻撃の可能性ありという報告を駐日大使から受けていたのは事実である[27]。グルー自身は、1941年1月27日の日記において「対米開戦時には、日本は真珠湾に集中的に奇襲攻撃をかけるという計画が進行中であると噂になっていたので、政府に報告した」[28]と記述している。
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
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