東京裁判のつづき11
投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/09/11 00:01 投稿番号: [8336 / 8458]
極東国際軍事裁判所条例中には、裁判所が被告達を裁くための裁判管轄権を持つ犯罪として①「平和に対する罪」②「通例の戦争犯罪」③「人道に対する罪」の3つを規定した。しかし、日本がポツダム宣言を受諾して連合国に降伏した当時、国際法上存在していた戦争犯罪は、俘虜虐待、民間人の殺害、財物の掠奪など、「通例の戦争犯罪」といわれるものだけであって、①の「平和に対する罪」と③の「人道に対する罪」は国際法上存在していなかった。従って、条例中にかかる犯罪を規定することは、「法なき所に罪なく、法なき所に罰なし」とする「事後法の制定による裁判の施行を非」とする近代文明国共通の法理に反した行為であり、このことは公判開始後、法廷で大きな論争の的となりました。
11名の裁判官の中には戦勝国から選出されているという不合理だけではなく、法廷に持ち出された事実に前もって関係していたり、必要な言葉がわからなかったり、本来裁判官ではなかったりした者もあったが、その中でただ一人国際法の専門家がいた。その名がインドのラダ・ビノード・パール博士で、国際法を蹂躪して東京裁判を強行した連合国を批判して法の権威と人類の正義と平和を守るために、敢然と日本の全被告の無罪を訴えた。
パール判事は「平和に対する罪」が1945年以前には存在しなかったと述べ、連合国が国際法を書き改め、それを遡及的に適用する権限はないと結論しました。パールの意見書によれば「勝者によって今日与えられた犯罪の定義に従っていわゆる裁判を行う事は、戦敗者を即刻殺戮した者とわれわれの時代との間に横たわるところの数世紀にわたる文明を抹殺するものである。かようにして定められた法に照らして行われる裁判は、復讐の欲望を満たすために、法律的な手続きを踏んでいるいるようなふりをするものにほかならない。それはいやしくも正義の観念とは全然合致しないものである。」と述べ、つぎのように結論した。「戦争が合法であったか否かに関してとられる見解を付与するものではない。戦争に関するいろいろな国際法規は、戦敗国に属する個人に対しての勝者の権利と義務を定義し、規律している。それゆえ本官の判断では、現存する国際法の規則の域を越えて、犯罪に関して新定義を下し、その上でこの新定義に照らし、犯罪を犯したかどうかによって俘虜を処罰する事は、どんな戦勝国にとってもその有する権限の範囲外であると思う。」
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
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