日本兵のなすがままの非行
投稿者: sensouhouki6 投稿日時: 2011/06/15 17:25 投稿番号: [8259 / 8458]
大虐殺というそのもの以上に酷かったのは、日本兵らによる強姦、略奪、放火などの不軍規だった。捕虜や敗残兵、便衣兵や婦女子幼児を含む一般市民・避難民の虐殺と平行して、日本兵のなすがままの非行が繰り広げられた。日本兵の蛮行は南京市内に突入という同時に行われた。市内や周辺部で戦闘が続いている状態でもおかまいなしだった。日本兵は市内へ入ると市民の住宅,商店、学校や官庁・役所などの公共機関のあらゆる場所を襲撃し、略奪が行われた。その略奪の過程で市民が抵抗すれば殺害し、欲しいがままに略奪した。倉庫や工場の財産、金銀財貨、文化財や骨董品、避難民の食糧や
病院の医薬品や布団、農民の家畜に至るまで奪われなかったものが一つもなかった。そして、日本兵たちは市街のいたるところに放火をしはじめた。日本兵は略奪した家屋や建物に火を放った。市民や避難民を押し込めて、火と放ち建物もろとも焼いたこともあった。多くの南京の家屋が焼け、全市の半分近くがほとんど灰尽に帰したという。何よりも、目を覆いたくなるのは婦女への強姦である。日本兵は婦女を見つけたり遭遇すると同時に、獣欲を剥き出しにし、欲しいがままに集団で婦女に襲いかかった。そして強姦し、輪姦した。場合によっては、部隊単位で協力して陣地、兵舎や建物に拉致・監禁の上、集団レイプや輪姦に及ぶことも多々あった。幼児・児童から老婆にいたるまで強姦され、占領から3ヶ月後には南京にもはや非処女はになかった。強姦につぐ、強姦、強姦、強姦で日夜問わず行われた。強姦した婦女を口封じのため銃剣で下腹部を突き刺し殺害するという強姦殺人行為も頻発した。強姦したのちに、殺害する場合、幼児や児童、妊婦であれ、容赦はなかった。殺害を免れても、日本兵に見つかるたびに何度も女性は強姦された。強姦を行う日本兵は理性の欠片もない獣兵であった。頻度の軽減こそ、あれ日本兵の婦女強姦に関しては放火や略奪、殺人、虐殺行為が止み、治安が回復した後も続き、ついに敗戦の45年8月15日まで止むことはなかった。便衣兵狩りと称する兵士・捕虜・市民への無差別殺戮、一般市民や避難民への集団あるいは個々での殺傷、放火、略奪、強姦および強姦殺人と日本軍の残虐行為には枚挙に暇がない。その規模の大きさ、被害人数・犠牲者数の多さ、持続期間の長さ、殺人手段の残虐さにおいて、人類史上、例のないものであった。では、シンガポールではどうだったのか?
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/bfafnac9qffckdca4o9qbaddbcr2qa4na02jbct_1/8259.html