尾崎秀実という人物のつづき13
投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/03/10 20:52 投稿番号: [8143 / 8458]
41、ソ連の諜報謀略網
尾崎秀実は、
「今夏ヨセミテで開かれた太平洋会議には太平洋に関係ある各国の知名の学者、政治家、評論家など多数参集し、この人里離れた国立公園に時ならぬ賑いを呈せしめた。
注目に値すると思われたのは会議の指導機関である太平洋問題調査会事務局の空気であった。ここにはいかにも秀才といった感じの若手の学者や評論家がいてその傾向は頗る進歩的であった」
という紀行文を新聞に寄稿しており(1)、筆者が推測するにIPR第六回ヨセミテ会議の正体は、
「資本主義国である日本の外交、政治、経済、軍事等一切の情報や資料を探知蒐集して之をソ連に通報漏泄し日本の経済力外交政策の軍事に関する作戦、軍事力等を事前に知らせて置き日ソ戦が勃発した場合ソ連が有利な地位に立って日本の弱点につけ込んで日本を敗戦に導き或は疲弊せしめ、更にソ連が米英と結託して之等の国をして日本を牽制動肘せしめ、或は又支那満洲国等に働きかけ殊に中国共産党や中国の共産軍等を使嗾して対日長期抗戦をやらせる事に依り一面に於いては共産主義の国ソ連を防衛し他面に於いて日本を敗戦又は疲弊せしめて革命へ導く」
ソ連独自の世界革命という世界政策を推進援助する(2)日米共産共同謀議だったのではないか。
IPRは、太平洋に接する国々の協議会で構成され、各国の政治社会経済技術についての情報を交換、議論する学術団体としてニューヨークに本部を置き、「太平洋会議」という名を冠せられた、太平洋諸国の抱える問題を協議する国際会合を開催していたが、昭和研究会や企画院と同様、「コミンテルン第七回大会」において採択された「合法場面を極度に利用して活動すべし」という反ファッショ人民戦線戦術を信奉する共産主義者によって潜入され占領された組織であり、第二次世界大戦において、盛んに反日論を展開しアメリカ政府(国務省)の反日外交を主導し、日本の敗戦後には、トーマス・ビッソンやアンドリュー・グラジャンツェフといった左翼分子をGHQ民政局に送り込み、GHQの対日占領作戦にまで大きな影響力を及ぼし、治安と防諜を担当するGHQ情報参謀部(G2)の調査対象になった。
情報参謀部長のチャールズ・ウィロビー少将に提出された調査報告書は、太平洋問題調査会の支配的位置にいる八人の幹部のうち最も活動的で強い発言力を持つ四人−エドワード・C・カーター、フレデリック・V・フィールズ、オーウェン・ラティモア夫妻−は共産党員とそのシンパであると分析し、彼らの人物像を次のように解説している(3)。
「エドワード・C・カーター(1925年の創立以来の所員)は、これらの支配的連中のうちでも、もっとも影響力がある。その公然たる共産主義的傾向にもかかわらず、彼はIPRの基金を集めることにかけては稀なる才能を発揮し、またオルグとしても腕のさえを見せている。カーターはアメリカにある親ソ的、ならびに共産党のフロント組織にすべて加入している。これには『今日のソビエト・ロシア』、『アメリカ・ソ連協会』をはじめ、二十にものぼるソ連戦争救済団体などが含まれる。彼はオリエント地方を広範に旅行し、ロシアにも何度か行っている。彼は自分でもシンパであると公然といっており、アメリカ共産党と緊密な関係にあるものと推測される。カーターは優秀な左翼的著者を見つけ出すことに尽力し、これを教育し、将来、政府部内の極東専門家やライターとして戦略的地位を世話する。このような教育や就職斡旋は、IPR所員に対する研究員としての立場から行われる。
オーウェン・ラチモア−これら四人のうちで疑いなくもっとも有名な人物である。アメリカ政府の高度の政策決定レベルの部門に、共産主義者が浸透しているもっとも著しい例である。ラチモアとその妻のエレアノール・ラチモアの考え方や論文は、一貫して親ソ的・親共産主義的なのである。」
尾崎秀実は、
「今夏ヨセミテで開かれた太平洋会議には太平洋に関係ある各国の知名の学者、政治家、評論家など多数参集し、この人里離れた国立公園に時ならぬ賑いを呈せしめた。
注目に値すると思われたのは会議の指導機関である太平洋問題調査会事務局の空気であった。ここにはいかにも秀才といった感じの若手の学者や評論家がいてその傾向は頗る進歩的であった」
という紀行文を新聞に寄稿しており(1)、筆者が推測するにIPR第六回ヨセミテ会議の正体は、
「資本主義国である日本の外交、政治、経済、軍事等一切の情報や資料を探知蒐集して之をソ連に通報漏泄し日本の経済力外交政策の軍事に関する作戦、軍事力等を事前に知らせて置き日ソ戦が勃発した場合ソ連が有利な地位に立って日本の弱点につけ込んで日本を敗戦に導き或は疲弊せしめ、更にソ連が米英と結託して之等の国をして日本を牽制動肘せしめ、或は又支那満洲国等に働きかけ殊に中国共産党や中国の共産軍等を使嗾して対日長期抗戦をやらせる事に依り一面に於いては共産主義の国ソ連を防衛し他面に於いて日本を敗戦又は疲弊せしめて革命へ導く」
ソ連独自の世界革命という世界政策を推進援助する(2)日米共産共同謀議だったのではないか。
IPRは、太平洋に接する国々の協議会で構成され、各国の政治社会経済技術についての情報を交換、議論する学術団体としてニューヨークに本部を置き、「太平洋会議」という名を冠せられた、太平洋諸国の抱える問題を協議する国際会合を開催していたが、昭和研究会や企画院と同様、「コミンテルン第七回大会」において採択された「合法場面を極度に利用して活動すべし」という反ファッショ人民戦線戦術を信奉する共産主義者によって潜入され占領された組織であり、第二次世界大戦において、盛んに反日論を展開しアメリカ政府(国務省)の反日外交を主導し、日本の敗戦後には、トーマス・ビッソンやアンドリュー・グラジャンツェフといった左翼分子をGHQ民政局に送り込み、GHQの対日占領作戦にまで大きな影響力を及ぼし、治安と防諜を担当するGHQ情報参謀部(G2)の調査対象になった。
情報参謀部長のチャールズ・ウィロビー少将に提出された調査報告書は、太平洋問題調査会の支配的位置にいる八人の幹部のうち最も活動的で強い発言力を持つ四人−エドワード・C・カーター、フレデリック・V・フィールズ、オーウェン・ラティモア夫妻−は共産党員とそのシンパであると分析し、彼らの人物像を次のように解説している(3)。
「エドワード・C・カーター(1925年の創立以来の所員)は、これらの支配的連中のうちでも、もっとも影響力がある。その公然たる共産主義的傾向にもかかわらず、彼はIPRの基金を集めることにかけては稀なる才能を発揮し、またオルグとしても腕のさえを見せている。カーターはアメリカにある親ソ的、ならびに共産党のフロント組織にすべて加入している。これには『今日のソビエト・ロシア』、『アメリカ・ソ連協会』をはじめ、二十にものぼるソ連戦争救済団体などが含まれる。彼はオリエント地方を広範に旅行し、ロシアにも何度か行っている。彼は自分でもシンパであると公然といっており、アメリカ共産党と緊密な関係にあるものと推測される。カーターは優秀な左翼的著者を見つけ出すことに尽力し、これを教育し、将来、政府部内の極東専門家やライターとして戦略的地位を世話する。このような教育や就職斡旋は、IPR所員に対する研究員としての立場から行われる。
オーウェン・ラチモア−これら四人のうちで疑いなくもっとも有名な人物である。アメリカ政府の高度の政策決定レベルの部門に、共産主義者が浸透しているもっとも著しい例である。ラチモアとその妻のエレアノール・ラチモアの考え方や論文は、一貫して親ソ的・親共産主義的なのである。」
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
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