Re: 侵略国日本は国際社会の前科者
投稿者: sensouhouki6 投稿日時: 2010/04/06 20:24 投稿番号: [7696 / 8458]
1904年2月、日本は朝鮮にたいするロシアの影響力を排除し、
日本が単独で支配することを目的として、ロシアに戦争をしかけま
す。この戦争の過程は、同時に、1875年から始められた日本の
朝鮮侵略の急激な進行過程でした。1904年2月に「日韓議定書」、
8月に「第一次日韓協約」を強要して大韓帝国政府の内政権を奪っ
ていき(「内政干渉」どころではない)、戦後の1905年11月
には「乙巳保護条約」を強要して外交権を奪い、朝鮮を保護国化〔
実質的植民地化〕するに到ります。
つまり1905年2月の「竹島」領有は、まさに日本による朝鮮
侵略・植民地化の過程・渦中で日本が行ったことなのです。したが
って、この1905年2月22日の「竹島」領有に基づいて、島根
県議会が「竹島の日」条例を制定することは、日本の侵略・植民地
化を肯定する行為と同じことになってしまうのです。
日本政府は「竹島は日本固有の領土」であると主張していますが、
当時、当の明治日本政府自身が、1905年の「閣議決定」までは
「竹島」を「日本固有の領土」ではなく、朝鮮〔大韓帝国〕の領土
と見なしていました。〔日本の海軍省が1876年に作成し、その
後再販を重ねた「朝鮮東海岸図」には「竹島」(当時は「松島」)
が朝鮮の領土として表示されている。そもそも「竹島」が「日本固
有の領土」であったなら、ことさら、この時期(1905年)に「
竹島」だけをとりあげて、わざわざ「日本領土編入」の閣議決定な
どするだろうか?!
侵略された側、殴られた側の中国や韓国の「反日デモ」−その怒り
に対し、殴った側の国の代表者である小泉首相が、その<事実>に向
き合う姿勢をまったく見せぬまま、「もっと冷静にならなければ」と
いうような考えられない言葉を連発していますが、日本政府、そして
私たち日本人の方こそ、ナショナリスティックな感情に任せて<逆ギ
レ>することなく、上記の〈歴史的事実〉に冷静に向き合わなければ
ならないのではないでしょうか。
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
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