渡航制限とは
投稿者: cyukyoubaka 投稿日時: 2006/08/07 20:37 投稿番号: [9195 / 22816]
さて各論に入りたいと思いますが、今回の話題はかなり簡略化しても相当長くなると
思われますので、閲覧者各位におかれましては斜め読みで済まされるか、完全に読み
飛ばされるか、各自のご判断でお付き合い頂きますようよろしくお願い申し上げます。
>禁止でなくても制限されてたのは事実だろ。
>つまり、「手前の土地ほったらかして日本に来てんじゃねーよ」てことじゃねーか?
それは反論になっていませんよ。と言いますか禁止と制限とでは大違いです。
実際のところzerojager32さんに限らず 「 渡航制限 」 という言葉を、勘違いなさって
いる方が多いようですが、渡航制限とは朝鮮人の内地渡航を禁じたものではありません。
当時の渡航制限とは、半島から内地に渡航する朝鮮人(朝鮮籍帝国臣民)を法令等に
より取り締まるものではなく、半島において朝鮮人労働者を募集する企業や斡旋業者
に対する行政からの指導・規制がその始まりです。
※ 内地に渡航する朝鮮人自体を取り締まる法律は最後まで存在しませんでした。
( 理由は後述します )
またいわゆる渡航制限は、日韓併合時代を通して恒常的に行われていたのではなく、
実施された時期において異なる目的に基づき、異なる方法・規制が行われています。
渡航制限またはそれに類する規制は、大きくわけて4回実施されています。
まず最初の規制らしきものは、1918年1月の「労働者募集取締規則」の公布ですが、
これは朝鮮半島における悪質なブローカー等を取り締まる法令で、渡航自体を取り
締まる規則ではありません。
次が1919年の3・1独立運動(暴動)後に実施された「朝鮮人旅行取締ニ関スル件」に
なるのですが、これも朝鮮人全般の内地渡航を禁ずることがその本来の目的ではなく、
海外(朝鮮半島外)への旅行等に証明書の発行を義務付けるなどして、過激派運動家
(主に続に言うアカ達ですね)の国内外の活動を規制するこが目的と思われる取り締
まりであり、これも1922年12月の朝鮮総督府令によって廃止され、その後は朝鮮人の
海外(半島外)旅行に関する規制はなくなり、全て自由渡航制になっています。
次に規制がなされたのは1923年9月の関東大震災の後で、一時旅行証明書制度によって
内地への渡航を一部規制しましたが、これは混乱期の一時的な措置であり翌1924年に
この制度も廃止されています。
そして最後に、これがいわゆる本来の渡航制限と呼ばれるべきものと私は思うのですが、
1925年8月内務省から朝鮮総督府に対し、朝鮮からの無分別な労働者・移住者増加に伴う
内地の失業率の増加や治安悪化を理由として渡航制限についての要請があり、それを受
けて1925年同年10月以降、主たる内地への窓口港であった釜山港等において漫然渡航者
の現地における渡航阻止が実施されるようになりました。
しかし渡航阻止の該当者は以下の4件に該当する者だけであり、通常の朝鮮人渡航者は
相変わらず内地に自由に渡航していましたし、渡航阻止該当者に対する罰則規定も存在
しておりませんでした。
渡航阻止の該当者
1)無許可労働者募集に応じ渡航する者
2)就職口不確実なる者
3)必要なる旅費を除き所持金10円未満の者
4)モルヒネ中毒患者
かなり端折って書きましたが、これが渡航制限に関するざっとした流れです。
ひとまず今日のところは以上の前振りだけで失礼致します。
・・・久しぶりに長文書いて疲れますたw
思われますので、閲覧者各位におかれましては斜め読みで済まされるか、完全に読み
飛ばされるか、各自のご判断でお付き合い頂きますようよろしくお願い申し上げます。
>禁止でなくても制限されてたのは事実だろ。
>つまり、「手前の土地ほったらかして日本に来てんじゃねーよ」てことじゃねーか?
それは反論になっていませんよ。と言いますか禁止と制限とでは大違いです。
実際のところzerojager32さんに限らず 「 渡航制限 」 という言葉を、勘違いなさって
いる方が多いようですが、渡航制限とは朝鮮人の内地渡航を禁じたものではありません。
当時の渡航制限とは、半島から内地に渡航する朝鮮人(朝鮮籍帝国臣民)を法令等に
より取り締まるものではなく、半島において朝鮮人労働者を募集する企業や斡旋業者
に対する行政からの指導・規制がその始まりです。
※ 内地に渡航する朝鮮人自体を取り締まる法律は最後まで存在しませんでした。
( 理由は後述します )
またいわゆる渡航制限は、日韓併合時代を通して恒常的に行われていたのではなく、
実施された時期において異なる目的に基づき、異なる方法・規制が行われています。
渡航制限またはそれに類する規制は、大きくわけて4回実施されています。
まず最初の規制らしきものは、1918年1月の「労働者募集取締規則」の公布ですが、
これは朝鮮半島における悪質なブローカー等を取り締まる法令で、渡航自体を取り
締まる規則ではありません。
次が1919年の3・1独立運動(暴動)後に実施された「朝鮮人旅行取締ニ関スル件」に
なるのですが、これも朝鮮人全般の内地渡航を禁ずることがその本来の目的ではなく、
海外(朝鮮半島外)への旅行等に証明書の発行を義務付けるなどして、過激派運動家
(主に続に言うアカ達ですね)の国内外の活動を規制するこが目的と思われる取り締
まりであり、これも1922年12月の朝鮮総督府令によって廃止され、その後は朝鮮人の
海外(半島外)旅行に関する規制はなくなり、全て自由渡航制になっています。
次に規制がなされたのは1923年9月の関東大震災の後で、一時旅行証明書制度によって
内地への渡航を一部規制しましたが、これは混乱期の一時的な措置であり翌1924年に
この制度も廃止されています。
そして最後に、これがいわゆる本来の渡航制限と呼ばれるべきものと私は思うのですが、
1925年8月内務省から朝鮮総督府に対し、朝鮮からの無分別な労働者・移住者増加に伴う
内地の失業率の増加や治安悪化を理由として渡航制限についての要請があり、それを受
けて1925年同年10月以降、主たる内地への窓口港であった釜山港等において漫然渡航者
の現地における渡航阻止が実施されるようになりました。
しかし渡航阻止の該当者は以下の4件に該当する者だけであり、通常の朝鮮人渡航者は
相変わらず内地に自由に渡航していましたし、渡航阻止該当者に対する罰則規定も存在
しておりませんでした。
渡航阻止の該当者
1)無許可労働者募集に応じ渡航する者
2)就職口不確実なる者
3)必要なる旅費を除き所持金10円未満の者
4)モルヒネ中毒患者
かなり端折って書きましたが、これが渡航制限に関するざっとした流れです。
ひとまず今日のところは以上の前振りだけで失礼致します。
・・・久しぶりに長文書いて疲れますたw
これは メッセージ 9190 (cyukyoubaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022057/haa47a4a4a55a5ha5afa4na4bfa4aa4n4rm76j_1/9195.html