Re: 民主党鳩山内閣 組閣発表
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2009/09/26 02:41 投稿番号: [21868 / 22816]
>9世紀〜12世紀の律令制度の中で、1世紀近く死刑が有名無実となった。
詳細に書きますね。
西暦810年(弘仁元年)藤原薬子の乱で、嵯峨天皇は薬子の兄の藤原仲成を処刑します。その後、西暦1156年(保元元年)保元の乱で、後白河法皇が源為義や平忠正などを斬罪に処すまでの346年間、死刑制度が有名無実化の状態だったのです。
よって
>1世紀近く
の騒ぎではありません。
念のため。菅原道真は死刑ではなく左遷(西暦901年・延喜元年)です。
>武士と言う名前のヤクザが、権力者に侍り、平氏や鎌倉幕府と言う武装勢力が、実権を握った。
確かに平安時代は、基本的に「軍部」というものは存在せず、その意味では、武士はヤクザ的だったというロジックも成立しうるのでしょうが、詳しく述べると長くなるので結論的に言えば、私的で非合法な集団であった武士団が、平安貴族によって、自身の生命や財産を守ってくれるのは勿論、抗争の道具としても使われることによってその地位を認められ、勢力を拡大していったのです。
従って、
>死刑の無くなった世界で、なんで、刀を持った侍が、段々、幅を利かせて行くのか?
死刑が無くなって、代わりに私刑が増えたからですよ。
これは違います。
ま、国内の治安を維持するために、何らかの暴力装置が必要不可欠なのは、洋の東西、そして今も昔もアタリマエです。
国家権力をカサに着て赴任してきた受領に対し、在地地主たちが自分の生命・財産を守るために自衛したのが武士の起源です。
>建武の短期間の復権を除けば、大政奉還まで、日本という国は、ヤクザに支配されていました。
後醍醐天皇の建武の親政(新政よりも親政の方がしっくりくるので、こっちを採用)を支えたのは、楠木正成、新田義貞、足利尊氏などといった、貴方の言うところのヤクザだったのですよ。換言すれば、ヤクザの手を借りなければ、称揚しているであろう“建武の短期間の復権”も無かったのです。
※
参考文献
「逆説の日本史4中世鳴動編」井沢元彦
小学館文庫
これは メッセージ 21862 (quirinale20 さん)への返信です.
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