ランディさんへ。
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2008/04/02 22:09 投稿番号: [17425 / 22816]
こんばんは。
何故か今、『女呼んでブギ(S53・サザン)』が頭の中で鳴り響いている丁髷です。
さて、あっちで、“南京”について火花を散らしているようですね。相手のレスを具に見た訳ではありませんが、どうやら「あった」という前提で展開しているものと推定できますので、以下、この前提で。余計なお世話でしょうが。
①仮に、そのような市民大量虐殺があったとすれば、重大な国際法違反なので、国際連盟から、何らかの非難提訴があって然るべきですが、そういったものはありませんし、議題にすらなっていません。当時の英米等のメディアも伝えていません。かん口令がひかれたということもありません。南京に入場した報道陣に目撃者がいません。
②捕虜というのは大変な特権です。
ただ、投降しさえすれば捕虜になれるというわけではありません。
(鄯)戦闘員の資格を有しないで違法に戦闘する者(便衣隊)を殺すのは合法。
(鄱)捕虜を殺せば、非合法。
というのが、国際法・ハーグ陸戦協定のキモです。
敵軍の軍司令官が正式に降伏し、「はい受け入れました」と双方で約束ができて初めて敵軍は捕虜になれます。南京陥落当時、正式な捕虜は居たのか?
答えはNOです。蒋介石が後を任せた軍司令官・唐生智が蒋に「最後まで抵抗します(玉砕宣言みたいなもの)」と宣言し、部下に命令した翌日、自分だけ逃げてしまったという事実があります。誰にも権限の委譲をしていません。そうすると、残されたシナ人たちは、死ぬまで戦うしかないわけです。それこそ、便衣隊となってまで。
便衣隊を殺すのは、(鄯)の通り、違法性が完全に阻却されます。極端な話、100万人の便衣隊がいたら、一人残らず皆殺しにしても合法なのです。殺されても文句は言えません。
日本軍は捕虜を優遇するのが原則だったのですが、いかんせん食糧難につき、武装解除の条件で家に帰ってもらったという例もありますし、その時、「帰りたくない」と言って、日本の手下になった人もかなりいます。汪兆銘が軍隊を作ったとき、元日本軍の捕虜もいたと思いますが、日本軍が捕虜を殺すなんてことをやっていたら、日本軍の手下になって戦おうとする者などいるわけがありません。
③中共等への謝罪など国際法違反。
言うまでもなく、一旦講和条約またはそれに該当する条約を結べば、遡及させないことはアタリマエ。よって国レベルでの賠償の必要などまるでナシ。日中共同声明などに「未来永劫賠償します」なんて文言はありません。
余談ですが、田中角栄が国交正常化を急いだのは、毛沢東や周恩来が生きているうちなら、当時の状況を熟知しているから、本気で賠償など請求してこないと踏んだからではないでしょうか。
④当時の中国共産党の記録『軍事雑誌(昭和13年6月)』に、全く記録されていない。
まだまだありますが、①〜④で、まずは対応できるのではないでしょうか。
※参考文献 『封印の昭和史』徳間書店・渡部昇一/小室直樹
何故か今、『女呼んでブギ(S53・サザン)』が頭の中で鳴り響いている丁髷です。
さて、あっちで、“南京”について火花を散らしているようですね。相手のレスを具に見た訳ではありませんが、どうやら「あった」という前提で展開しているものと推定できますので、以下、この前提で。余計なお世話でしょうが。
①仮に、そのような市民大量虐殺があったとすれば、重大な国際法違反なので、国際連盟から、何らかの非難提訴があって然るべきですが、そういったものはありませんし、議題にすらなっていません。当時の英米等のメディアも伝えていません。かん口令がひかれたということもありません。南京に入場した報道陣に目撃者がいません。
②捕虜というのは大変な特権です。
ただ、投降しさえすれば捕虜になれるというわけではありません。
(鄯)戦闘員の資格を有しないで違法に戦闘する者(便衣隊)を殺すのは合法。
(鄱)捕虜を殺せば、非合法。
というのが、国際法・ハーグ陸戦協定のキモです。
敵軍の軍司令官が正式に降伏し、「はい受け入れました」と双方で約束ができて初めて敵軍は捕虜になれます。南京陥落当時、正式な捕虜は居たのか?
答えはNOです。蒋介石が後を任せた軍司令官・唐生智が蒋に「最後まで抵抗します(玉砕宣言みたいなもの)」と宣言し、部下に命令した翌日、自分だけ逃げてしまったという事実があります。誰にも権限の委譲をしていません。そうすると、残されたシナ人たちは、死ぬまで戦うしかないわけです。それこそ、便衣隊となってまで。
便衣隊を殺すのは、(鄯)の通り、違法性が完全に阻却されます。極端な話、100万人の便衣隊がいたら、一人残らず皆殺しにしても合法なのです。殺されても文句は言えません。
日本軍は捕虜を優遇するのが原則だったのですが、いかんせん食糧難につき、武装解除の条件で家に帰ってもらったという例もありますし、その時、「帰りたくない」と言って、日本の手下になった人もかなりいます。汪兆銘が軍隊を作ったとき、元日本軍の捕虜もいたと思いますが、日本軍が捕虜を殺すなんてことをやっていたら、日本軍の手下になって戦おうとする者などいるわけがありません。
③中共等への謝罪など国際法違反。
言うまでもなく、一旦講和条約またはそれに該当する条約を結べば、遡及させないことはアタリマエ。よって国レベルでの賠償の必要などまるでナシ。日中共同声明などに「未来永劫賠償します」なんて文言はありません。
余談ですが、田中角栄が国交正常化を急いだのは、毛沢東や周恩来が生きているうちなら、当時の状況を熟知しているから、本気で賠償など請求してこないと踏んだからではないでしょうか。
④当時の中国共産党の記録『軍事雑誌(昭和13年6月)』に、全く記録されていない。
まだまだありますが、①〜④で、まずは対応できるのではないでしょうか。
※参考文献 『封印の昭和史』徳間書店・渡部昇一/小室直樹
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022057/haa47a4a4a55a5ha5afa4na4bfa4aa4n4rm76j_1/17425.html