無題
投稿者: drchobihige 投稿日時: 2007/09/07 01:00 投稿番号: [14192 / 22816]
きっかけは5年前のサイパン旅行だった…。
夏休みの何気ない家族旅行で訪れた地だったが、海底に眠る日米双方の戦闘機の残骸、マニャガハ島に今も目標を探すかの如く聳える砲台。
60年程前に、この地で戦いがあった事を改めて感じた。
その後、沖縄で海軍最後の指令壕を見た。
ひめゆりの塔も見学した。
軍人のみならず民間人の凄惨な過去を目にした。
その後は戦没者の供養施設を訪ねた。
日本人・台湾出身者・朝鮮出身者のみならず米英の戦没者も同じく慰霊しているのを見て、少しだけ救われた気がした。
この一ヶ月関連書籍を少し読んでみた。
特攻隊で出撃された先人の時世の句から様々な戦記ものもいくつか読んだ。
関中佐から中津留中佐に至る特攻兵士の方に想いを馳せてみたりもした。
天皇陛下の為に身を捧げた方もいただろう、国策に悲観して身を投じた方もいただろう、家族を守るただ一心で覚悟を決めた方もいただろう…。
ただ、一つ共通していた事は「日本の将来を守る」だったのか…。
特攻に散った方の2倍以上も長生きしている自分にもその一心があるのだろうか、いや「ある。」と思っていた。
が、どうも甘いようである。
もっともっと強いそして大きな希望を持たなければ、申し訳ないように思う。
それは、右でも左でもなく、ただ明るい未来を信じる気持ち。
アメリカ等の当時の‘敵’の人達もおそらく同じ思いだったのではないか。
台湾や朝鮮から日本兵に参加した方々も同じであったろう。
靖国や沖縄にも慰霊に足を運ばなければ申し訳なく、また「美しい国」を次の世代やその後に繋げていかなければならない、そんな気持ちを新たにした。
その一方、今だに被害者のごとく振る舞うヤツラには一層嫌悪感をおぼえる。
当時を思えば、どこそこがどうの…ではなく、敢て言えば時代が不幸だったのだと思う。
それを何も知らないくせに、優劣や民族で差別化しようとする人種は到底看過できない。
限界は感じても、先人の賭けた想いに報いる為にも我々世代は乗り越えなければならない。
自分で選択できる『良い時代』なのだから。
少なくとも上官の命令で‘死’と向き合わなくて良い時代。
感謝。
台風の直下でふとそんな事を考えてる夜。
…そして、どんどん嫌韓&嫌中。
でも果たして、自分に何が出来るのだろう???
それがわかりゃあ、苦労しないんだけど。
とりあえず一仕事終えたらば「献杯」でもしよっと。^^
これは メッセージ 1 (nazeda1777 さん)への返信です.
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