Re: 蟻を13匹お飼いのかたへ
投稿者: fuuke_mon7251 投稿日時: 2007/05/21 16:39 投稿番号: [13214 / 22816]
>リラさん。
こんにちはー。
すっかりご無沙汰してしまいました。
繁忙期が過ぎて「楽になるゾッー!!」と思っていたのですが・・・考えが「チョコビー」より甘かった、今日この頃です。
おまけに、6月に社内再編成で他部署へ移る破目になり、土日の連休は夢のまた夢となりそうです^^;
>原因がわかっているのなら改善も簡単でしょう。(と、イジワルに言い捨てる)
数年前迄は晩酌さえした事がなかったんですが、現住所へ引越してからなんですよね、寝酒。
何しろ、自動車・トラック・バイクの騒音が半端じゃないのです。
救急車・消防車のサイレンも365日聞かない日はありません。
当初、少々だった酒が『升々』となってしまいました。
但し、最近は・・・肝機能もやばそうなので「「な・る・べ・く」控えています。
>(ところで今期の仮面ライダー・シリーズって面白いんですか?)
外で運動してますので、あまり知らないっす、「ゲゲゲの鬼太郎」は必ず観てますが。^^
「一反木綿(?)」って九州弁だったんですね、餓鬼時代の記憶を思い出しました。
>それがね、高所恐怖症ってある日突然治るらしいんですよ。
ゲゲゲッ、本当れしゅかー!!
>とうとう雪山登山にまで奥さんに黙って出かけていくようになってしまいました。
裏山鹿,,,,,。
>でも英国がインドやその他の植民地に、フランスがインドシナ地方の植民地に、オランダがインドネシアにetc.したようなことは日本は朝鮮半島にも満州にもしなかっただろうと推測します。
さて、ここからが本題です。
>この推測をなんとか裏付けしたいものです。
「裏付け」するには、「植民地世代の韓国人」の証言が一番っす。
リラさんは金素雲(故人)っちゅー人物をご存知でしょうか?
この人は12,3歳から35歳頃まで断続的に日本に滞在した人です。(親日と見做され朴政権になるまで帰韓を許されなかった)
また、北原白秋に師事された人でもあります。
鄭 大均氏の「韓国ナショナリズムの不幸」からの引用になりますが下記のような文章を残していますので参考になればと。
そのころ私は京城に住んでいて、たまたま東京へ旅行中でした。
ある日、宿である東京鉄道ホテルに東京駅から電話がかかりました。
東京駅から私へ電話のかかる用事などは思い当たりません。
誰か名前の似た人へ掛け間違ったのではないかと危ぶみながら、私はその電話に出ました。
「実は、あなた様へ宛てられた電報が、こちらに配達されておりますが、あちこち問合せましたところ、そちらにご滞在ということで、それでお知らせするような訳です。もう追っかけ二時間にもなるのですが」
私は恐縮しながらも電報と聞いては心が急いて、
「それはとんだ手数をおかけしました。申しかねますが、ご面倒ついでに一つ電文を読んでいただけませんか」と、頼み入ったことでした。
「よろしいですとも、ちょっとお待ちになって」
何かためらう気配が見えて四、五秒経ちました。
「いまお読みしますが・・・どうかお気を落とされませんように・・・、あまりいいお報せではないようですが・・・」
受話器を通して聞こえる打ち沈んだ憂わしげな声・・・、京城を発つ前に小さい男の子を入院させて来たばかりです。
直感で、私には電文の内容が分かった気がしました。
(略)
電文はやはり想像の通りでした。入院中の男の子が息を引取ったと報せてありました。
十年経ち、十五年経っても、私にはその日のその鉄道職員の声を忘れることができません。
他人の不幸、他人の悲しみを、そのまま自分のものとなすことのできる・・・
その真情、その良識こそは、私が命にかけて、わが郷土、わが祖国に移し植えたいと願うところのものです。
それゆえに敢えて私は、日本の「善」を識ると自負するのです。
因みに、金素雲の娘さんは日本人牧師と結婚され、そのまた娘さんは「沢 知恵」という名でミュージシャンをされているそうです。(曲は聴いたことありませんが^^;)
ノ大統領閣下の側近だった前々南北統一相は、前大統領選挙中に「老人は家で寝ていろ」と発言したそうですが、「植民地世代の韓国人」が少なくなり、やがて・・・いなくなった韓国の姿・・・絶望という言葉しか想像できないのです。
それで、失礼します。
こんにちはー。
すっかりご無沙汰してしまいました。
繁忙期が過ぎて「楽になるゾッー!!」と思っていたのですが・・・考えが「チョコビー」より甘かった、今日この頃です。
おまけに、6月に社内再編成で他部署へ移る破目になり、土日の連休は夢のまた夢となりそうです^^;
>原因がわかっているのなら改善も簡単でしょう。(と、イジワルに言い捨てる)
数年前迄は晩酌さえした事がなかったんですが、現住所へ引越してからなんですよね、寝酒。
何しろ、自動車・トラック・バイクの騒音が半端じゃないのです。
救急車・消防車のサイレンも365日聞かない日はありません。
当初、少々だった酒が『升々』となってしまいました。
但し、最近は・・・肝機能もやばそうなので「「な・る・べ・く」控えています。
>(ところで今期の仮面ライダー・シリーズって面白いんですか?)
外で運動してますので、あまり知らないっす、「ゲゲゲの鬼太郎」は必ず観てますが。^^
「一反木綿(?)」って九州弁だったんですね、餓鬼時代の記憶を思い出しました。
>それがね、高所恐怖症ってある日突然治るらしいんですよ。
ゲゲゲッ、本当れしゅかー!!
>とうとう雪山登山にまで奥さんに黙って出かけていくようになってしまいました。
裏山鹿,,,,,。
>でも英国がインドやその他の植民地に、フランスがインドシナ地方の植民地に、オランダがインドネシアにetc.したようなことは日本は朝鮮半島にも満州にもしなかっただろうと推測します。
さて、ここからが本題です。
>この推測をなんとか裏付けしたいものです。
「裏付け」するには、「植民地世代の韓国人」の証言が一番っす。
リラさんは金素雲(故人)っちゅー人物をご存知でしょうか?
この人は12,3歳から35歳頃まで断続的に日本に滞在した人です。(親日と見做され朴政権になるまで帰韓を許されなかった)
また、北原白秋に師事された人でもあります。
鄭 大均氏の「韓国ナショナリズムの不幸」からの引用になりますが下記のような文章を残していますので参考になればと。
そのころ私は京城に住んでいて、たまたま東京へ旅行中でした。
ある日、宿である東京鉄道ホテルに東京駅から電話がかかりました。
東京駅から私へ電話のかかる用事などは思い当たりません。
誰か名前の似た人へ掛け間違ったのではないかと危ぶみながら、私はその電話に出ました。
「実は、あなた様へ宛てられた電報が、こちらに配達されておりますが、あちこち問合せましたところ、そちらにご滞在ということで、それでお知らせするような訳です。もう追っかけ二時間にもなるのですが」
私は恐縮しながらも電報と聞いては心が急いて、
「それはとんだ手数をおかけしました。申しかねますが、ご面倒ついでに一つ電文を読んでいただけませんか」と、頼み入ったことでした。
「よろしいですとも、ちょっとお待ちになって」
何かためらう気配が見えて四、五秒経ちました。
「いまお読みしますが・・・どうかお気を落とされませんように・・・、あまりいいお報せではないようですが・・・」
受話器を通して聞こえる打ち沈んだ憂わしげな声・・・、京城を発つ前に小さい男の子を入院させて来たばかりです。
直感で、私には電文の内容が分かった気がしました。
(略)
電文はやはり想像の通りでした。入院中の男の子が息を引取ったと報せてありました。
十年経ち、十五年経っても、私にはその日のその鉄道職員の声を忘れることができません。
他人の不幸、他人の悲しみを、そのまま自分のものとなすことのできる・・・
その真情、その良識こそは、私が命にかけて、わが郷土、わが祖国に移し植えたいと願うところのものです。
それゆえに敢えて私は、日本の「善」を識ると自負するのです。
因みに、金素雲の娘さんは日本人牧師と結婚され、そのまた娘さんは「沢 知恵」という名でミュージシャンをされているそうです。(曲は聴いたことありませんが^^;)
ノ大統領閣下の側近だった前々南北統一相は、前大統領選挙中に「老人は家で寝ていろ」と発言したそうですが、「植民地世代の韓国人」が少なくなり、やがて・・・いなくなった韓国の姿・・・絶望という言葉しか想像できないのです。
それで、失礼します。
これは メッセージ 13148 (lilasnosakukoro さん)への返信です.
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