Re: どう考えても共存できない人々。
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2007/02/19 15:22 投稿番号: [11809 / 22816]
海外朱鷺さま
件のトピ以外でもまたお名前を拝見できるようになり、大変うれしく思っております。
>柳沢大臣の件は 某トピで話題になっていましたのでそちらに書き込みましたので
私はお書きになっていたことに8割は賛成です。
残り2割はなにかと言いますと、柳沢氏にしろそれを責め立てている野党のだれそれにしろ、そして両サイドのどちらかを支持している人々にしろ「少子化問題」の本質を理解していないように思えるということです。
「少子化問題」の本質の大半は〝すでに〟結婚している男女にはありません。若い男女のかなりの数が結婚する気をなかなか持てないでいる、という点にあると判断いたします。(個々にはそれぞれの事情があってそうなのですから他人の私があれこれ言うべき立場ではありませんが。また、たとえ結婚していてもまさしく私のように子供がいない者も居りますし)
この点を直視しないではいくら政府や安倍内閣支持者が「少子化対策」と騒いだところで絵に描いたモチでしょう。
>台湾では80超えてなくなったらお祝いの要素が葬式に入ってきて(以下略)
やはりそうでしたか。
中華系の人々はわれわれ日本人の目から見ると本当に明るい(騒々しい? くっきりしている?)のですね。目下郷里でもランタンフェスティバルという中国の春節祭(旧正月)を起源にしたお祭りが催されていますが、なかなか絢爛豪華のようです。
>締めだけは「朝に紅顔を誇る人も夕べには白骨・・・」とこれだけはやってもらいたいものです。
同感です、というより、実はこの私自身が息を引き取るときにあの文言を頭のなかで流していたいなという気持ちがしています。
>中国政府がいうことに意外性は全くありませんね。
早くそれを与野党含めて日本政府の要人全員に気付いてほしいものですが。ため息です。
>人間はわずか30秒で簡単に催眠術にかかる脳機能を備えていて
最近明治期に現れた神道系の新興宗教(もはや「新興」でもありませんが)に少々興味を持ちまして、大本教と天理教について読みました。大本教については出口王仁三郎の評伝(著者は王仁三郎氏の直孫)、天理教は芹沢光治良の『人間の運命』の第1巻でございます。
大本教については出口王仁三郎の人物像はよく思い描けましたが結局大本教の教義の本質はなんなのか、どうしてもつかめませんでした。実の孫が著者だからかえってそうなるのでしょうか。天理教については一介の信者にとってその教えと実態との乖離が当時から(当時だからこそ?)いかに酷いものだったか、しかし芹沢氏の分身である主人公にとってはそもそも「信仰」なるものそれ自体がいかに大きな荷であったかが伝わって来ました。
そして、どちらもの宗教が非常に麗々しい教会というか会堂もしくは礼拝所を建てていたことに深く考え込まされたのです。
このことは、大本・天理両教にばかり言えることではございませんね。一方で、大本教が戦前に受けた弾圧への買収要求権を戦後自ら進んで放棄したことも加味して今後とも折に触れ考えていこうと思っています。
>理性というものの信頼性は恐ろしく低いものであります
私はごく最近、それは理性についてばかりではなく「経験」に基づく判断や好み(形而上学的な好み? も含めまして)についても言えるのではないか、と考えるようになりました。真意としてなにを申し上げたいかはお察しいただけるのではないかと考えます。
今後ともよろしくお願いします。
件のトピ以外でもまたお名前を拝見できるようになり、大変うれしく思っております。
>柳沢大臣の件は 某トピで話題になっていましたのでそちらに書き込みましたので
私はお書きになっていたことに8割は賛成です。
残り2割はなにかと言いますと、柳沢氏にしろそれを責め立てている野党のだれそれにしろ、そして両サイドのどちらかを支持している人々にしろ「少子化問題」の本質を理解していないように思えるということです。
「少子化問題」の本質の大半は〝すでに〟結婚している男女にはありません。若い男女のかなりの数が結婚する気をなかなか持てないでいる、という点にあると判断いたします。(個々にはそれぞれの事情があってそうなのですから他人の私があれこれ言うべき立場ではありませんが。また、たとえ結婚していてもまさしく私のように子供がいない者も居りますし)
この点を直視しないではいくら政府や安倍内閣支持者が「少子化対策」と騒いだところで絵に描いたモチでしょう。
>台湾では80超えてなくなったらお祝いの要素が葬式に入ってきて(以下略)
やはりそうでしたか。
中華系の人々はわれわれ日本人の目から見ると本当に明るい(騒々しい? くっきりしている?)のですね。目下郷里でもランタンフェスティバルという中国の春節祭(旧正月)を起源にしたお祭りが催されていますが、なかなか絢爛豪華のようです。
>締めだけは「朝に紅顔を誇る人も夕べには白骨・・・」とこれだけはやってもらいたいものです。
同感です、というより、実はこの私自身が息を引き取るときにあの文言を頭のなかで流していたいなという気持ちがしています。
>中国政府がいうことに意外性は全くありませんね。
早くそれを与野党含めて日本政府の要人全員に気付いてほしいものですが。ため息です。
>人間はわずか30秒で簡単に催眠術にかかる脳機能を備えていて
最近明治期に現れた神道系の新興宗教(もはや「新興」でもありませんが)に少々興味を持ちまして、大本教と天理教について読みました。大本教については出口王仁三郎の評伝(著者は王仁三郎氏の直孫)、天理教は芹沢光治良の『人間の運命』の第1巻でございます。
大本教については出口王仁三郎の人物像はよく思い描けましたが結局大本教の教義の本質はなんなのか、どうしてもつかめませんでした。実の孫が著者だからかえってそうなるのでしょうか。天理教については一介の信者にとってその教えと実態との乖離が当時から(当時だからこそ?)いかに酷いものだったか、しかし芹沢氏の分身である主人公にとってはそもそも「信仰」なるものそれ自体がいかに大きな荷であったかが伝わって来ました。
そして、どちらもの宗教が非常に麗々しい教会というか会堂もしくは礼拝所を建てていたことに深く考え込まされたのです。
このことは、大本・天理両教にばかり言えることではございませんね。一方で、大本教が戦前に受けた弾圧への買収要求権を戦後自ら進んで放棄したことも加味して今後とも折に触れ考えていこうと思っています。
>理性というものの信頼性は恐ろしく低いものであります
私はごく最近、それは理性についてばかりではなく「経験」に基づく判断や好み(形而上学的な好み? も含めまして)についても言えるのではないか、と考えるようになりました。真意としてなにを申し上げたいかはお察しいただけるのではないかと考えます。
今後ともよろしくお願いします。
これは メッセージ 11574 (nipponia_nippon3 さん)への返信です.
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