くれよんさんへ
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2006/10/23 23:33 投稿番号: [10284 / 22816]
まぁ、件のランキングは、相当ツッコミどころがあるのは事実でしょうね。もし、中共とか北鮮で作成したとすれば、げに恐るべし格付けになっていたことでしょう^^。
ご指摘の通り、国や宗教、慣習によって、自由という概念は大きく様変わりするのはやむを得ないところです。記憶に新しいところでは、デンマーク(だったかな?)で、イスラム教を批判するような記事に対し、その教徒たちが烈火のごとく怒ったという出来事がありましたね。
2つの文化圏では、かくも『自由』とは違うものかと。
(ここで、コトの良し悪しには触れません)
イスラム圏では、コーランとその国の法体系が、がんじがらめの関係になっていると、確か小室直樹氏の著作で読んだことがあります。そして、それは欧米的資本主義を許容しないとも。だから、お互い理解できないわけですね。
そして何より言葉が違います。例えば、日本語の自由も、英語では、FREEDOM
とLIBERTY
の二つがあります。要するに彼らは使い分けていると容易に想像できます。
しかし、バベルの塔よろしく、全世界の人々を、あたかも同じ入れ物に収めるわけにはいかないわけだし、くれよんさんが仰る、“真の自由”を果たして人間が本当に欲しているのかという根本的な問題にもブチ当たるでしょう。
かの福沢諭吉翁は、「不自由の中に自由がある」と述べたそうです。
ですから、結局、何かに“ほどよく”縛られていないと、自由は謳歌できないのではないかと推定します。逆に申せば、そのように達観した人間のみ、それが許されるのではないでしょうかねぇ。突き詰めて言えばですけど・・・。
別の言い方をすれば、
『自由のあるところ絶えず過失責任がある』とでもしましょうか。
これは メッセージ 10275 (kureyonjin さん)への返信です.
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