Re: 無差別に食い散らかす日本人
投稿者: raijinn_130 投稿日時: 2008/02/15 22:14 投稿番号: [6960 / 63339]
そうですね、日本人は鯨も食べてのですが、犬からも動物性たんぱく質を摂取していたのですね。
縄文時代は、土坑底部から犬の全身骨格が出土する例があり、これを埋葬と解釈し、縄文時代の犬は狩猟犬として飼育され、丁重に埋葬されたとする説が一般的になっていた。しかし近年、通説を覆すような発見があった。霞ヶ浦沿岸の茨城県麻生町(現 行方市)で発掘調査された縄文時代中期から後期の於下貝塚(おした・かいづか)からは、犬の各部位の骨が散乱した状態で出土し、特に1点の犬の上腕骨には、解体痕の可能性が高い切痕が確認された。調査報告では、当時犬を食用として解体していた事を示す物的証拠と評価しており[1][2]、日本列島における犬食の起源がさらに遡る可能性が高い。
弥生時代の犬は、遺跡から出土する犬の遺骸の骨格も、縄文期とは異なっている。また日本列島在来犬のDNA解析によると、北海道と沖縄の在来犬は南方系の系統で近縁だが、その中間地帯の本州、四国、九州の在来犬は北方系の系統の犬に由来するとする研究結果が報告されている。またこの時代はその犬の解体遺棄された骨格の出土例の報告が多くなる。この為、日本で犬食文化が伝播したのは弥生時代からと見る意見が多い。この時代稲作や金属を日本に伝えた大陸からの渡来人(ここでは弥生人を指す)達が、同時に大陸の犬食の文化をも伝えたものとも想定することができる。
日本では『日本書紀』天武天皇5年(675年)4月17日のいわゆる肉食禁止令で、4月1日から9月30日までの間、稚魚の保護と五畜(ウシ・ウマ・イヌ・ニホンザル・ニワトリ)の肉食が禁止された。以後たびたび禁止令がだされ、表面上は犬食の風習を含め肉食全般が「穢れ」と考えられるようになった。
奈良時代に犬食の禁令が出され、その後犬食を禁忌とする習慣が広まった。 近世になっても犬食の文化は根付いていたとされ松井章などの発掘によると下層民だけではなく上級武士などでも食されていたとされる。また岡山城の発掘時には食肉用の骨の中に混じって犬の骨も出土していた、その際、体の一部分のみ多数出土したため、埋葬ではなく食用ではないか、とされている。 また、徳川綱吉の生類憐みの令により表立っての動物殺生に対する忌避感が増幅されたことは否定できない。 その後このような状況は次第にゆるみ、ももんじ屋などで獣肉が食べられるようになった。九州、沖縄などの遠隔地では犬食は依然として続けられていたようである。
明治維新以降、文明開化により西洋の肉食文化が持ち込まれ、日本もようやく肉食タブーから解放されたが、同時に西欧の「愛玩動物」の概念も持ち込まれ、愛玩動物に該当する動物を食べる行為は嫌悪の対象となった。昭和時代に入り、忠犬ハチ公の物語が多くの人々の感動を誘い、日本では犬を愛玩する風潮が高まった。
また、戦中・戦後の食糧難の時代に、犬を食べたという証言も多い。亀井静香、畑正憲の大学時代のエピソード参照。北海道の浦川でもアイヌ・和人関わりなく冬の食糧不足の時期には犬を食べたという証言もある[3]。
現代の日本においては、平成18年(2006年)の動物検疫による輸入畜産物食肉検疫数量によると中華人民共和国から31トン輸入されている[4]。大阪・鶴橋や東京・大久保のコリア・タウンでは、一部の店で犬肉料理を食べることが出来る。2005年12月、足立区の輸入販売業の韓国籍男性(82)が、売れ残り処分に困った精力剤などに使う頭部を東京都葛飾区の東京拘置所の北側にある水路に投棄し話題になった。ウィキペディアより引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AC%E9%A3%9F%E6%96%87%E5%8C%96
縄文時代は、土坑底部から犬の全身骨格が出土する例があり、これを埋葬と解釈し、縄文時代の犬は狩猟犬として飼育され、丁重に埋葬されたとする説が一般的になっていた。しかし近年、通説を覆すような発見があった。霞ヶ浦沿岸の茨城県麻生町(現 行方市)で発掘調査された縄文時代中期から後期の於下貝塚(おした・かいづか)からは、犬の各部位の骨が散乱した状態で出土し、特に1点の犬の上腕骨には、解体痕の可能性が高い切痕が確認された。調査報告では、当時犬を食用として解体していた事を示す物的証拠と評価しており[1][2]、日本列島における犬食の起源がさらに遡る可能性が高い。
弥生時代の犬は、遺跡から出土する犬の遺骸の骨格も、縄文期とは異なっている。また日本列島在来犬のDNA解析によると、北海道と沖縄の在来犬は南方系の系統で近縁だが、その中間地帯の本州、四国、九州の在来犬は北方系の系統の犬に由来するとする研究結果が報告されている。またこの時代はその犬の解体遺棄された骨格の出土例の報告が多くなる。この為、日本で犬食文化が伝播したのは弥生時代からと見る意見が多い。この時代稲作や金属を日本に伝えた大陸からの渡来人(ここでは弥生人を指す)達が、同時に大陸の犬食の文化をも伝えたものとも想定することができる。
日本では『日本書紀』天武天皇5年(675年)4月17日のいわゆる肉食禁止令で、4月1日から9月30日までの間、稚魚の保護と五畜(ウシ・ウマ・イヌ・ニホンザル・ニワトリ)の肉食が禁止された。以後たびたび禁止令がだされ、表面上は犬食の風習を含め肉食全般が「穢れ」と考えられるようになった。
奈良時代に犬食の禁令が出され、その後犬食を禁忌とする習慣が広まった。 近世になっても犬食の文化は根付いていたとされ松井章などの発掘によると下層民だけではなく上級武士などでも食されていたとされる。また岡山城の発掘時には食肉用の骨の中に混じって犬の骨も出土していた、その際、体の一部分のみ多数出土したため、埋葬ではなく食用ではないか、とされている。 また、徳川綱吉の生類憐みの令により表立っての動物殺生に対する忌避感が増幅されたことは否定できない。 その後このような状況は次第にゆるみ、ももんじ屋などで獣肉が食べられるようになった。九州、沖縄などの遠隔地では犬食は依然として続けられていたようである。
明治維新以降、文明開化により西洋の肉食文化が持ち込まれ、日本もようやく肉食タブーから解放されたが、同時に西欧の「愛玩動物」の概念も持ち込まれ、愛玩動物に該当する動物を食べる行為は嫌悪の対象となった。昭和時代に入り、忠犬ハチ公の物語が多くの人々の感動を誘い、日本では犬を愛玩する風潮が高まった。
また、戦中・戦後の食糧難の時代に、犬を食べたという証言も多い。亀井静香、畑正憲の大学時代のエピソード参照。北海道の浦川でもアイヌ・和人関わりなく冬の食糧不足の時期には犬を食べたという証言もある[3]。
現代の日本においては、平成18年(2006年)の動物検疫による輸入畜産物食肉検疫数量によると中華人民共和国から31トン輸入されている[4]。大阪・鶴橋や東京・大久保のコリア・タウンでは、一部の店で犬肉料理を食べることが出来る。2005年12月、足立区の輸入販売業の韓国籍男性(82)が、売れ残り処分に困った精力剤などに使う頭部を東京都葛飾区の東京拘置所の北側にある水路に投棄し話題になった。ウィキペディアより引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AC%E9%A3%9F%E6%96%87%E5%8C%96
これは メッセージ 6954 (yebisujp2003 さん)への返信です.
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