blongerクンに理解出来なくとももう一度♪
投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/10/05 23:22 投稿番号: [60270 / 63339]
自称ベジタリアンのblongerくんその他の反捕鯨ちゃんたちは、捕鯨やイルカ漁なんかほっといて、畜産動物の不憫さについて考えて貰える様に広く啓蒙していくべきでしょう♪
少なくともクジラさんイルカさんのお肉を食用利用する事で、不憫な生を生きる畜産動物の数を少しでも減らそうとしてる捕鯨推進派なんか相手にしてる暇は無い筈だよねェ・・・↓?w
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=552019607&tid=ja7dfa4ha5afa58a5ijdd8n&sid=552019607&mid=60166
>しかし「狩られて殺され、食われる事」が遺伝的に織り込み済みであるイルカ・クジラに対し、「狩って殺し、食う事」は「残酷」で「酷い事」で「イルカ・クジラが可哀想なので、罷りならん」と?
イルカ・クジラと畜産動物の「幸・不幸」を真っ平らな状況で考えてみると、
※イルカ・クジラは人間による捕殺だけでなく、自然界に於いても天敵のシャチや、幼い頃は鮫にも食い殺されますが、捕食者との「体躯の差の小ささ」故に捕食者から「即死させて貰える」ケースはまず有りません・・・ですが、それは遺伝子的に「想定の範囲内」である。※
という事ですが、一先ず人間の関与を無いものとして考えてみましょう。
「シャチに襲われ、即死させられる事も適わずに食い殺される」イルカ・クジラは
その様な生を生きてるからといって不幸でしょうか?「可哀想」ですか?
そんな事を言う馬鹿は恐らく反捕鯨ちゃん達の中にも居ないと思いますが・・・w
しかしながら反捕鯨ちゃん達のアタマの中では、
「シャチと同じくイルカ・クジラを狩る事・食う事」
「時にシャチと同じく即死させられずに捕殺する事」
を、
「 シ ャ チ で は な く 人 間 が や る 事 (捕鯨・イルカ漁)」
によって初めて、イルカタソ・クジラタソに不幸が訪れる、という事になってるらしいんです・・・w
イルカであっても自分と体躯の差のあまり大きくない捕食者、髭クジラの場合なんかだと殆どの場合同等か、自分より小さい捕食者であるシャチの歯で噛み殺される苦痛は「不幸」「可哀想」にならないのに、
人間によって船上から銛でザックリ斬り・突かれる苦痛だけは「不幸」「可哀想」にカウントされてしまう・・・
一方、工場畜産は人間の関与無しでは行われ得ませんが、この数十年で効率化を求めた結果、畜産動物達は↓
「人工授精」
「新生児引き剥がし」
「ケージ飼育」
「栄養効率化の為の極端な運動制限」
「濃厚飼料肥育(消化が容易過ぎて余った胃酸で腹の肉にまで穴が開く)」
「(鶏の場合特に)雄は生まれた時点で殺処分」
等々・・・の「地球上の生命が始めて直面する苦痛」を味わっております。彼等の境遇は前述した、
「シャチから遭わされるのと変わらない苦痛を人間から与えられるイルカ・クジラ」
よりも「楽」で「幸せ」なんでしょーーーか・・・?
よ〜〜〜く考えてみましょうね?
イルカ・クジラが自然に生きてる状態で普通に遭遇し得る「狩られ・殺される苦痛」、それと同じ苦痛を、シャチではなく、人間によって与えられればそれは「不倫理」で「可哀想」で「止めるべき行為」である、と。
一方で人間の都合だけで生まれた時から遺伝子に刻まれた本能を全て押さえつけられて、精々たった数十ヶ月の内に100%、逃げる事も適わず殺される、死の瞬間まで管理され続ける畜産動物は「その状況に慣れるから楽」「不幸ではない」「可哀想ではない」「不倫理ではないし、反対する必要も無い」、と。
こうやって自分達の食材を確保しながら「倫理的」に振舞い、
「動物愛護精神に溢れたワタシ」或いは単に、
「自分が守りたいだけのイルカ・クジラを殺させない為の言い訳」
を日々重ねてるのが世界中の反捕鯨ちゃん達、というワケですね♪
少なくともクジラさんイルカさんのお肉を食用利用する事で、不憫な生を生きる畜産動物の数を少しでも減らそうとしてる捕鯨推進派なんか相手にしてる暇は無い筈だよねェ・・・↓?w
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=552019607&tid=ja7dfa4ha5afa58a5ijdd8n&sid=552019607&mid=60166
>しかし「狩られて殺され、食われる事」が遺伝的に織り込み済みであるイルカ・クジラに対し、「狩って殺し、食う事」は「残酷」で「酷い事」で「イルカ・クジラが可哀想なので、罷りならん」と?
イルカ・クジラと畜産動物の「幸・不幸」を真っ平らな状況で考えてみると、
※イルカ・クジラは人間による捕殺だけでなく、自然界に於いても天敵のシャチや、幼い頃は鮫にも食い殺されますが、捕食者との「体躯の差の小ささ」故に捕食者から「即死させて貰える」ケースはまず有りません・・・ですが、それは遺伝子的に「想定の範囲内」である。※
という事ですが、一先ず人間の関与を無いものとして考えてみましょう。
「シャチに襲われ、即死させられる事も適わずに食い殺される」イルカ・クジラは
その様な生を生きてるからといって不幸でしょうか?「可哀想」ですか?
そんな事を言う馬鹿は恐らく反捕鯨ちゃん達の中にも居ないと思いますが・・・w
しかしながら反捕鯨ちゃん達のアタマの中では、
「シャチと同じくイルカ・クジラを狩る事・食う事」
「時にシャチと同じく即死させられずに捕殺する事」
を、
「 シ ャ チ で は な く 人 間 が や る 事 (捕鯨・イルカ漁)」
によって初めて、イルカタソ・クジラタソに不幸が訪れる、という事になってるらしいんです・・・w
イルカであっても自分と体躯の差のあまり大きくない捕食者、髭クジラの場合なんかだと殆どの場合同等か、自分より小さい捕食者であるシャチの歯で噛み殺される苦痛は「不幸」「可哀想」にならないのに、
人間によって船上から銛でザックリ斬り・突かれる苦痛だけは「不幸」「可哀想」にカウントされてしまう・・・
一方、工場畜産は人間の関与無しでは行われ得ませんが、この数十年で効率化を求めた結果、畜産動物達は↓
「人工授精」
「新生児引き剥がし」
「ケージ飼育」
「栄養効率化の為の極端な運動制限」
「濃厚飼料肥育(消化が容易過ぎて余った胃酸で腹の肉にまで穴が開く)」
「(鶏の場合特に)雄は生まれた時点で殺処分」
等々・・・の「地球上の生命が始めて直面する苦痛」を味わっております。彼等の境遇は前述した、
「シャチから遭わされるのと変わらない苦痛を人間から与えられるイルカ・クジラ」
よりも「楽」で「幸せ」なんでしょーーーか・・・?
よ〜〜〜く考えてみましょうね?
イルカ・クジラが自然に生きてる状態で普通に遭遇し得る「狩られ・殺される苦痛」、それと同じ苦痛を、シャチではなく、人間によって与えられればそれは「不倫理」で「可哀想」で「止めるべき行為」である、と。
一方で人間の都合だけで生まれた時から遺伝子に刻まれた本能を全て押さえつけられて、精々たった数十ヶ月の内に100%、逃げる事も適わず殺される、死の瞬間まで管理され続ける畜産動物は「その状況に慣れるから楽」「不幸ではない」「可哀想ではない」「不倫理ではないし、反対する必要も無い」、と。
こうやって自分達の食材を確保しながら「倫理的」に振舞い、
「動物愛護精神に溢れたワタシ」或いは単に、
「自分が守りたいだけのイルカ・クジラを殺させない為の言い訳」
を日々重ねてるのが世界中の反捕鯨ちゃん達、というワケですね♪
これは メッセージ 60269 (koimo0072 さん)への返信です.
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