Re: 無差別殺戮魔lkarl_2008↓の背景
投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/09/04 01:00 投稿番号: [58746 / 63339]
人食い餓鬼モデルlkarl_2008>人間が生きてることが倫理的に正しくなくなったらどうするんだ?
倫理的に正しくなく生きるものは、お前のようなヒトデナシに限られる。
戦時中、飢えから同胞を食った人食い餓鬼が正にそれに相当する。
勿論、見つかれば、即、銃殺された。
太平洋戦線の島嶼等で日本軍は各地で食糧補給が途絶したため、戦死した兵士の死体や落伍した兵士を密かに殺すなどしてその肉を奪い合って食べる事態が頻発し、軍上層部でも問題となった。これに対し、1944年12月にニューギニア戦線の日本軍第十八軍は「友軍兵の屍肉を食す事を罰する」とし、これに反した4名が処刑されたが、この布告は餓死寸前の末端兵士たちにはむしろ生存手段としての人肉食を示唆することになった(敵軍将兵の死体は食べても罰するという記述は無く、フィリピンのミンダナオ島では非戦闘員を含む住民が日本兵に殺害され、食べられるという事件が起こっている。)前述のように、主に日本軍による人肉食が発生した戦場はインパール・ニューギニア・フィリピン・ガダルカナルなどである。日本軍による連合軍兵士に対する人肉食は、多くが飢餓による緊急避難であったことや、人肉食に遭った兵士の遺族に対する感情などを考慮した結果、その多くは戦犯として裁かれることはなかった。奥崎謙三は部下の肉を食べた上官の戦争責任を追及すべく活動しており、その様子は映画「ゆきゆきて、神軍」に収められている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%8B%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0
ドキュメンタリー映画「ゆきゆきて、神軍」
周囲4キロを米軍に包囲されるという極限状況のジャングルで、1万数千人の日本軍の間では、飢えと疲労から人肉食がおこなわれていた。関係者はポツリポツリとあるいは平然と、その事実を打ち明ける。2人の日本兵は、その事実を隠蔽するために殺されたらしい。関西のある食堂のおやじは白人を白ブタ、原住民を黒ブタと称していたことを話し始める。
「じゃあ、ブタというのはすべて人肉のことだったんですね」
「土人のブタを取ったら、土人から殺されるからね」
「でも白ブタも黒ブタも捕まえられないこともあったでしょう。そういう時は部隊の下の方から殺して順番に食べていったんじゃないですか」
「いや、私のいた部隊では日本兵は食べなかった」
http://homepage3.nifty.com/cinema1987/moviecritic/review12.html
手塚治虫のお父さんはフィリピンの奥地に行って、空腹の毎日を暮らしていたが、本当に何もなくなると誰かがちゃんと「野豚」を捕まえてきて食べさせてくれたという。お父さんは何かを見てしまった、そしてそれを隠しているような怯えをみせたという。それが「ゆきゆきて、神軍」を観て何だか答が分かったというのです。
http://www.toyama-cmt.ac.jp/%7Ekanagawa/cinema/singun.html
辺見庸「もの食う人々」
「ミンダナオ島の食の悲劇」と題する節は、私はもっとも迫力を覚え、胃袋のどこかに不消化な異物をいつまでも感覚するような、そういう読後感をもった。74歳の老農民サレの案内でミンダナオの山中深くに入っていく。敗戦後2年間にわたって残留抵抗した日本兵らの小屋のあった場所までいく。案内のサレ老人は残留日本兵の掃討作戦に参加したことがあるのである。日本兵はフィリピン現地人をとらえて食べていた。マニラの公文書館に戦争犯罪記録(49年、英文)が、日本軍揚陸隊兵士十数人の証言を伝えている。
http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/ugo/oe/kibo2.htm
産経「正論」も認める
戦後、マニラ東方山地にこもった振武集団の参謀長だった少将が、集団で人肉を食べた兵たちを銃殺刑にした事実を暴露した。
http://www.sankei.co.jp/seiron/koukoku/2005/0509/photogallery2.html
倫理的に正しくなく生きるものは、お前のようなヒトデナシに限られる。
戦時中、飢えから同胞を食った人食い餓鬼が正にそれに相当する。
勿論、見つかれば、即、銃殺された。
太平洋戦線の島嶼等で日本軍は各地で食糧補給が途絶したため、戦死した兵士の死体や落伍した兵士を密かに殺すなどしてその肉を奪い合って食べる事態が頻発し、軍上層部でも問題となった。これに対し、1944年12月にニューギニア戦線の日本軍第十八軍は「友軍兵の屍肉を食す事を罰する」とし、これに反した4名が処刑されたが、この布告は餓死寸前の末端兵士たちにはむしろ生存手段としての人肉食を示唆することになった(敵軍将兵の死体は食べても罰するという記述は無く、フィリピンのミンダナオ島では非戦闘員を含む住民が日本兵に殺害され、食べられるという事件が起こっている。)前述のように、主に日本軍による人肉食が発生した戦場はインパール・ニューギニア・フィリピン・ガダルカナルなどである。日本軍による連合軍兵士に対する人肉食は、多くが飢餓による緊急避難であったことや、人肉食に遭った兵士の遺族に対する感情などを考慮した結果、その多くは戦犯として裁かれることはなかった。奥崎謙三は部下の肉を食べた上官の戦争責任を追及すべく活動しており、その様子は映画「ゆきゆきて、神軍」に収められている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%8B%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0
ドキュメンタリー映画「ゆきゆきて、神軍」
周囲4キロを米軍に包囲されるという極限状況のジャングルで、1万数千人の日本軍の間では、飢えと疲労から人肉食がおこなわれていた。関係者はポツリポツリとあるいは平然と、その事実を打ち明ける。2人の日本兵は、その事実を隠蔽するために殺されたらしい。関西のある食堂のおやじは白人を白ブタ、原住民を黒ブタと称していたことを話し始める。
「じゃあ、ブタというのはすべて人肉のことだったんですね」
「土人のブタを取ったら、土人から殺されるからね」
「でも白ブタも黒ブタも捕まえられないこともあったでしょう。そういう時は部隊の下の方から殺して順番に食べていったんじゃないですか」
「いや、私のいた部隊では日本兵は食べなかった」
http://homepage3.nifty.com/cinema1987/moviecritic/review12.html
手塚治虫のお父さんはフィリピンの奥地に行って、空腹の毎日を暮らしていたが、本当に何もなくなると誰かがちゃんと「野豚」を捕まえてきて食べさせてくれたという。お父さんは何かを見てしまった、そしてそれを隠しているような怯えをみせたという。それが「ゆきゆきて、神軍」を観て何だか答が分かったというのです。
http://www.toyama-cmt.ac.jp/%7Ekanagawa/cinema/singun.html
辺見庸「もの食う人々」
「ミンダナオ島の食の悲劇」と題する節は、私はもっとも迫力を覚え、胃袋のどこかに不消化な異物をいつまでも感覚するような、そういう読後感をもった。74歳の老農民サレの案内でミンダナオの山中深くに入っていく。敗戦後2年間にわたって残留抵抗した日本兵らの小屋のあった場所までいく。案内のサレ老人は残留日本兵の掃討作戦に参加したことがあるのである。日本兵はフィリピン現地人をとらえて食べていた。マニラの公文書館に戦争犯罪記録(49年、英文)が、日本軍揚陸隊兵士十数人の証言を伝えている。
http://www.ne.jp/asahi/kibono/sumika/ugo/oe/kibo2.htm
産経「正論」も認める
戦後、マニラ東方山地にこもった振武集団の参謀長だった少将が、集団で人肉を食べた兵たちを銃殺刑にした事実を暴露した。
http://www.sankei.co.jp/seiron/koukoku/2005/0509/photogallery2.html
これは メッセージ 58745 (lkarl_2008 さん)への返信です.
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