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善悪の此岸

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/03/20 02:26 投稿番号: [52337 / 63339]
    少し考えれば、倫理基準が”可哀想””残酷”という感性で決定されるのが分かるだろう。
    これが善悪の判断基準なのである。即ち、残酷なことは罪悪の危険信号である
    残酷なことは倫理に反することだ、ということを理解できないバカが増えている。
    残酷かどうか、その度合い、比較衡量で悪かどうか(罰)が決められるのだ。
    倫理は幼児でも分かる「可哀想なことはしない」ということである。
    動物を虐待しない、殺さない第一の直接的理由は「可哀想」という気持ちであり、
    これは幼稚園児にも理解できる。その前提となるのが「感情移入」である。

    「相手の気持ちを感じられない」鈍感な若者が増えていることは、
    幼少期に「感情移入」がうまく形成されていない現れで、今日の深刻な社会問題である。

    肉食獣が草食動物のこどもを襲ったり、屠殺を見れば反射的に可哀想と感じてしまう。
    しかし、理性的に見れば肉食獣に食われる草食動物や猛禽類に食われる鳥も食われるのは宿命である。
    それを食えないで餓死する捕食者の方がより可哀想である。
    だから、屠殺現場を必要も無いのに見せないのである。
    それでも殺すのは可哀想と感じる者達がいるし、この感性は十分理解できる。
    こういう人々は当然食べるべきではないし、実際に食べないのだ。
    可哀想、残酷と感じるという良心が麻痺し、善悪の判断がつかなくなるからである


http://www1.ttcn.ne.jp/~trade-food.cars/vege_an.htm

「かりに肉食をするすべての人が、自分でそれらの動物を 殺すことになったら、彼らの大部分は肉食を敬遠するようになるであろう。」
貴族の家に生まれたトルストイは、狩猟が大好きで、何頭もの猟犬を従えては 馬で森を駆け回っていました。ある時、狩猟から戻って獲物を袋から取り出すと、 一羽のヤマシギがまだ生きていたので、羽を一本抜いて鳥の頭に突き刺して 殺してしまいました。 このような残忍なことのできたトルストイは、59歳のときに肉食をやめました。
ある日、妻の留守に肉が大好きな義妹が訪ねてきました。 トルストイが夕食を作ることになり、一同が待っていました。料理ができたというので 食堂に入った人々の目に映ったのは、イスの脚に結わえ付けられ、 もがいている一羽のひな鳥でした。そして、義妹用のナイフとフォークの横に、 大きな肉切り包丁が置いてありました。
「きみは生き物を食べるのが好きだそうだからこの鶏を用意したのだが、 僕は殺したくない。この包丁で自分で殺してください。」トルストイは言ったそうです。 義妹はすぐにひな鳥を放し、皆で肉のない夕食を楽しんだそうです。
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