餓鬼ロボ2体lkarl_2008& sanba_3_sanba
投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/03/20 01:55 投稿番号: [52328 / 63339]
△違いは論理検証回路が壊れてしまっている。
△違い論法は新しい事実の否定理由に願望妄想を機械的に当てはめるだけなので
いつも以下のような倒錯した論理になる。
>>2001年「大型類人猿の権利宣言」
17370 △違い餓鬼>これらを作った人間も人間と動物は違うと意識してこのようなものを作ったのだからね。
同じと考えたから作ったに決まってるだろうが、△違いが。
17371△違い餓鬼>もし類人猿が人間だったらこんなもの作らないで世界人権宣言だけありゃよろしいのだバカ。
奴隷が人間だったら、奴隷解放宣言はいらなかったという△違い。
女が人間だったら、女性の権利宣言はいらなかったという△違い。
子供が人間だったら、子供の権利宣言はいらなかったという△違い。
17387△違い餓鬼の脱糞>世界人権宣言がありゃ充分だ。上記のようなものは必要ない。
17400 △違い餓鬼の脱糞>しかし現在は世界人権宣言もあるだから現在は奴隷解放宣言など必要ないし動物権利なども必要ないであろう。
17417△違いの脱糞>んじゃ人権がありゃー動物は人間なのかね?
自分が△違いである事実から、必死に目を逸らそうとする△違い。
必要があろうが無かろうが、これはお前が△違いであることを示したのだ。
それに関して、十分であるかないか、現在必要かどうかは全く関係無い。
”もしAが人間だったらこんなもの作らないで世界人権宣言があればよい”
と、△違いは大型類人猿の権利宣言を大型類人猿が人間でない理由とした。、
この論法で、Aは何であれ成立しなければならない。
従って、奴隷や女子や子供が人間でないということになって
このバカは自ら己が△違いであることを証明したのである。
この低脳性△違いに欠落しているのは、関係の把握。
1個百円のりんご5個で5百円払った直後に、
1本百円のジュース5本の値段が分からない幼児脳である。
りんごがジュースに置換されても、関係は変わらないという抽象能力が無い。
動物を人間に置換できても、人間を動物に置換できないことが理解できないのだ。
これは メッセージ 52324 (lkarl_2008 さん)への返信です.
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