卑怯、何でもアリでエゴを追求する極悪餓鬼
投稿者: discover_200 投稿日時: 2008/10/04 03:15 投稿番号: [43241 / 63339]
エゴの追求は畜生がすることであって、畜生の世界では弱肉強食、強い者が正義である。
そこでは力こそが正義である。サル山の猿、餓鬼(子供)、マフィアの世界がそうである。
仮に、外交は国益が第一義、即ち倫理(国際協調)を下位に於いて
チビのクジラ殺しや右翼はどうやって勝てると思えるのだろう。
兄弟喧嘩した弟のように泣いて勝つ気か?
親の代わりを誰がする?
真珠湾のように卑怯な手を使う?
卑怯者に対する反撃は憎しみから熾烈なものとなる。
女のように口で負けない?
公の場では非論理は通らない。
国益とは国家エゴである。国家エゴを追求すれば結局は戦争か、隷属しかない。
(互いの)エゴを律するのが倫理である。倫理はエゴに優先する。
それが畜生と人間を区別する。
倫理が違っていいというは倫理が無いのと同じこと。
互いの倫理が違っていれば互いのエゴを調整する効力を持たない。
これからも倫理は共通でなければならないのである。
クジラを殺す自由を認めよというクジラ殺しの餓鬼は
クジラを保護する自由もあることには考えが及ばない。
これは メッセージ 43238 (discover_200 さん)への返信です.
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