クジラとピクミン
投稿者: discover_200 投稿日時: 2008/10/04 02:01 投稿番号: [43190 / 63339]
at 2002 03/20 00:59 編集
「引っこ抜かれて、戦って、食べられて、それでもあなたに従い尽くします」
ピクミンの歌詞を初めて聞いた時、驚いた。
これは誤解であることが分ったが、それにしてもこの意識は我々にとって異様なものだ。
要するに、このピクミンという動物は人間並の知性も感性もあるが、人間の為だけに生きている、
そして怪物に襲われ食べられる可哀想な動物という設定らしい。
この残酷なゲームの何を楽しめるのだろう。ピクミンの健気さと食われる悲劇のギャップ、ショックか。
ピクミンに自己を投影し、同時にピクミンに尽くされる自己を投影するという二重構造。
デフォルメしてるとはいえ、切なさというより、殺伐とした家族関係、対人関係の意識構造を見る思いだ。
これですぐ連想したのはクジラである。クジラ(カバが祖先)はムーミンに似てるという訳でもないが
クジラ(大型イルカ)は知性も感性も高いとされている。
イルカは小型のクジラに過ぎない。水族館でイルカに触れ、座礁したクジラを救助し、
それを食用できるという感性は、このピクモンの歌の感性と図らずも一致する。
総理府の調査では日本人の3/4は賢こくてもクジラを食うことに同意するという。
ピクミンへの共感には「生まれつき奴隷は奴隷の役割、諦め、運命観」が見られる。
人間如何に生きるべきかを何ら問うことをしない、モラルの低さ、善悪の無分別を感じる。
これは メッセージ 43188 (discover_200 さん)への返信です.
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