イルカは猿・猪と同様に害獣にもなり得ます
投稿者: sanba_3_sanba 投稿日時: 2008/10/01 18:45 投稿番号: [42964 / 63339]
●(可愛い?)イルカは猿・猪と同様に「害獣」でもあります。●
壱岐のイルカ事件 (壱岐の自然と文化遺産研究保存会のHPから部分引用)
皆さん、ご承知のように、イルカは大群で押し寄せ、しかも一匹々がたいへんな大食いで毎日自分の体重の一割もの量を食べます。この時、イカやブリ、ハマチの網を食い破るため、壱岐のイカやブリの水揚げ金額は3分の1になってしまいました。
特に、バンドウイルカ、ハナゴンドウ、オキゴンドウ、カマイルカが漁場を食い荒らします。
当然、イルカが来ると一番被害を受けるのがブリ釣船の漁師です。1頭のイルカからブリが6本、大鯛の頭2頭が出てきたこともありました。
最初に、イルカの被害が問題になりだしたのは、昭和30年頃からで、勝本漁協では種々対策を講じましたが、なかなか有効な方策が見つかりません。その後、昭和40年頃から、イルカが壱岐周辺で急増し、漁業被害が続発しました。
漁船が操業している漁場に、イルカが回遊してくると魚は逃げてしまい、釣り上げている途中のブリは横取りされ、漁具は壊されてしまいます。イルカはイカも大量に食べます。
勝本漁港は西日本では有数の、イカの水揚げが多いところです。
漁師達は、当時は銛銃でイルカを撃って、1年で1、2頭捕っていました。その後、強力発音器を使ったり、猟銃を使ったりしたが効果がありません。水中花火が考案され、イルカの群れの一部を、海岸の入り江に追い込むことに成功しました。伊豆や和歌山県太地(たいじ)に追い込みの研修に行き追い込み技術も学習しました。
イルカがたくさん沿岸に近づいたときは、約500隻の全ての漁船が操業を中止して、円陣を幾重にも描きながら、イルカを海岸に追い込むという捕獲作戦を実施しましたが、当初は途中で逃げられてしまい失敗の連続でした。
昭和50年、和歌山県の先進地で実績をあげている追い込み技術を調査研究し、翌51年、大量追い込みに成功し、長い間の捕獲の夢が現実のものとなりました。捕獲したイルカは水族館に引き取らせたり、食用にしたりしましが、限界があるので海中投棄しましたが、海洋汚染法違反ということで海上保安庁からクレームがありました。実は、この時、海中投棄したイルカが、潮流と風の関係で、福岡県の遠賀川の河口にある芦屋浜(あしやはま)まで、流れて行ったこともありました。いろいろありましたが、昭和52年、577頭のイルカを追い込み捕獲に成功しました。
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