悪乗りタコの倒錯論理に乗っかるTV屋
投稿者: discover_200 投稿日時: 2008/09/26 02:27 投稿番号: [42567 / 63339]
2003/ 5/24 1:33
メッセージ: 12739
投稿者: discover_100
タコの坂田>
「人間が生きているのは、他の莫大な数の命のおかげです。他の命を食べて生きているのです。今日、その仕組みが見えません。だから、死んでくれる命に心が痛みません。」
1/30,天声人語より。
このタコは自分の犠牲になってくれたから心苦しい、心が痛むのだという。
それは無償の行為、自己犠牲で相手が自発的に行った場合の心情だ。
このタコの為に「死んでくれる」とは動植物達は誰も言ってはいない。
このタコは自分が生きる為に一方的に殺してることをトボケテいる訳だ。
ヤクザ映画で「命を頂きます」と言って相手を刺し殺す乗りである。
これは「死んだ友達の分も一生懸命生きて下さい」、という乗りの場違いな転用でもある。
どうして、友達が死んだから一生懸命生きなければならなくなるのか?
これが又、不思議な論理であるが。
又、人間が多くの命を犠牲の上に生きているからその命が大切と言うのなら、
ヒトラーや宅間、松本のような大量虐殺者ほど価値があることになる。
屁理屈を捏ねようとして論理が転倒してしまった訳である。
「多くを殺して生きてるから生きる価値がある」とは
「悪人ほど極楽へ行ける」に通ずる倒錯の論理である。
この倒錯はクジラ殺しにも見られる。
一方的にクジラ等を大量殺戮しておいて”供養”すればチャラにできると思えるらしい。
殺した相手の墓参りをするヤクザ映画の主人公のようなつもりなのか、
ヤクザ映画の見過ぎだろう。
屠殺シーンのような刺激的な映像を求める節操が無いTV屋は
この倒錯した論理をその盾、カモフラージュに使ってる(フジTVが多い)。
この公開は残酷である。死刑は残酷でなくても公開死刑は残酷なものだ。
別に見せなくても、想像がつくことだ。
この殺戮シーンが青少年に非常に悪影響を与えることは必至である。
業界内部から全く批判が起こらないということは、
良識あるTVマンが皆無に等しいという証左である。
これは メッセージ 42566 (discover_200 さん)への返信です.
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