Re: フリーパスの3歳知能十分条件
投稿者: discover_200 投稿日時: 2008/09/25 03:00 投稿番号: [42509 / 63339]
casino_queen_miki No.12158 >知能が高いからダメ?そんなのってないよ
知能が高い動物の実験は制限されている。
人は知能によって人格、尊厳があるのであって
人並の知能があれば、人と同じ扱いを受けるのは当然である。
どうせ死ぬなら一緒、
動物が苦しんでるどうか分からないという△違いがいるが
苦痛を与えることは残酷であり、
知能の高い動物ほど苦痛を感じるのは常識である。
不殺生5「他者の痛みと良心」
2004/ 5/19 2:14
メッセージ: 16403 / 16405
投稿者: discover_200
クジラ殺しの餓鬼>「痛みも苦しみも感じる事の出来る知能ある動物を6分もかけて殺すなんて残酷」
なんていう彼らのセリフは、私にはどうしても腑に落ちないのだ。そんなの人間が勝手に自分達の基準に照らし合わせて『想定』してるだけであって、数秒で屠殺されるブタの苦しみが6分で殺されるクジラより小さいかどうかなんて誰にも分かりはしないのだ。
この餓鬼は動物の痛みは誰にも分りはしないのだから、痛めつけてもいいのだときた。
これは”他人の痛みは俺には感じない”からと、自分より弱者を苛める餓鬼の心理である。
苦しみは6秒より6分の方が100倍以上辛いことは、誰でも経験的に分かってる。
幼稚園児でもクジラでも同じだろうと推定(感情移入)できることだ。
それを、自分とは同じかどうか分からないから、苦しくないかもしれない、
苦しくないだろうと、決め付けてしまうところが△違いである。
動物虐待で捕まれば、「誰も動物が嫌がってると分りはしない、喜んでるかもしれない」と言うんだろう。
人殺しで捕まれば、「殺された奴がそれを望まなかった」と誰も分りはしないと言い出すのだろう。
他人の痛みが分かるのは、自分も他者も同じとして同類推定するからである。
そして、それが論理整合性を持つことでその推定の正しさが認識されるのである。
(少し観察すれば虫も魚もほとんど苦痛を感じてないことが分かる)
自分がやられた場合どう感じるかを、感情移入する能力が人間には備わっている。
これが良心であり人間の条件、これが欠落してるのが餓鬼である。
7688 鯨肉愛の痴人>技術的には2分40秒ほどでの捕殺が可能です。そもそも、致死時間によって残酷である・残酷ではないとする判断基準というものは、どこから来ているのでしょうか。
これが、自分が2分40秒もかけられて虐殺されることを想像できない△違いの戯言である。
http://www1.neweb.ne.jp/wa/higusumi/japanisch/sonota/stern-walfang-artikel.htm
入り江に誘い込んだあと、突然漁師たちは船で囲んで輪を作り、網をかぶせる。逃げられるはずのイルカも、逃げない。「彼らは互いにとても強い絆をもっているのです。彼らは家族を決して見捨てません。一頭が傷ついただけで、もう離れようとしません。彼らは自ら力尽きるまで助け合うのです。」とダイムラーは言う。「彼らは災難に遭ったときは、死ぬまで、互いにかばい合います。」イルカは知的なので、どんな目に遭うかをすぐに悟るのだが、それでも、逃げないのだ。
長時間、追い回わされる恐怖が終わると、イルカたちは殴られ、刺されて岸壁から引きずり上げられるが、彼らの苦しみは、まだこれで終わりではない。憎しみに染まった漁師達は、犠牲者を苦しめる手を緩めようとしない。あえぐイルカたちをクレーンでトラックの荷台に投げ落とす。荷台がいっぱいで乗せきれないイルカは車の背後につないでアスファルトの上を引きずっていく。イルカたちは身悶えし、鳴き叫び、そして最後に解体場で殺される。「これはまさしく拷問です。どうしても殺さなければならないのなら、海から上げる前に、心臓を一突きしてやることだってできるはずですから。」と生物学者のダイマーは言う。「イルカは痛みをはっきりと意識します。人間のように苦しむのです。」
9004 餓鬼sendagaya_mitsuo>つまり、バカってことじゃないの?
これが鼻先の人参で、己の親も子も見捨てる臆病で卑怯な餓鬼の戯言である。
知能が高い動物の実験は制限されている。
人は知能によって人格、尊厳があるのであって
人並の知能があれば、人と同じ扱いを受けるのは当然である。
どうせ死ぬなら一緒、
動物が苦しんでるどうか分からないという△違いがいるが
苦痛を与えることは残酷であり、
知能の高い動物ほど苦痛を感じるのは常識である。
不殺生5「他者の痛みと良心」
2004/ 5/19 2:14
メッセージ: 16403 / 16405
投稿者: discover_200
クジラ殺しの餓鬼>「痛みも苦しみも感じる事の出来る知能ある動物を6分もかけて殺すなんて残酷」
なんていう彼らのセリフは、私にはどうしても腑に落ちないのだ。そんなの人間が勝手に自分達の基準に照らし合わせて『想定』してるだけであって、数秒で屠殺されるブタの苦しみが6分で殺されるクジラより小さいかどうかなんて誰にも分かりはしないのだ。
この餓鬼は動物の痛みは誰にも分りはしないのだから、痛めつけてもいいのだときた。
これは”他人の痛みは俺には感じない”からと、自分より弱者を苛める餓鬼の心理である。
苦しみは6秒より6分の方が100倍以上辛いことは、誰でも経験的に分かってる。
幼稚園児でもクジラでも同じだろうと推定(感情移入)できることだ。
それを、自分とは同じかどうか分からないから、苦しくないかもしれない、
苦しくないだろうと、決め付けてしまうところが△違いである。
動物虐待で捕まれば、「誰も動物が嫌がってると分りはしない、喜んでるかもしれない」と言うんだろう。
人殺しで捕まれば、「殺された奴がそれを望まなかった」と誰も分りはしないと言い出すのだろう。
他人の痛みが分かるのは、自分も他者も同じとして同類推定するからである。
そして、それが論理整合性を持つことでその推定の正しさが認識されるのである。
(少し観察すれば虫も魚もほとんど苦痛を感じてないことが分かる)
自分がやられた場合どう感じるかを、感情移入する能力が人間には備わっている。
これが良心であり人間の条件、これが欠落してるのが餓鬼である。
7688 鯨肉愛の痴人>技術的には2分40秒ほどでの捕殺が可能です。そもそも、致死時間によって残酷である・残酷ではないとする判断基準というものは、どこから来ているのでしょうか。
これが、自分が2分40秒もかけられて虐殺されることを想像できない△違いの戯言である。
http://www1.neweb.ne.jp/wa/higusumi/japanisch/sonota/stern-walfang-artikel.htm
入り江に誘い込んだあと、突然漁師たちは船で囲んで輪を作り、網をかぶせる。逃げられるはずのイルカも、逃げない。「彼らは互いにとても強い絆をもっているのです。彼らは家族を決して見捨てません。一頭が傷ついただけで、もう離れようとしません。彼らは自ら力尽きるまで助け合うのです。」とダイムラーは言う。「彼らは災難に遭ったときは、死ぬまで、互いにかばい合います。」イルカは知的なので、どんな目に遭うかをすぐに悟るのだが、それでも、逃げないのだ。
長時間、追い回わされる恐怖が終わると、イルカたちは殴られ、刺されて岸壁から引きずり上げられるが、彼らの苦しみは、まだこれで終わりではない。憎しみに染まった漁師達は、犠牲者を苦しめる手を緩めようとしない。あえぐイルカたちをクレーンでトラックの荷台に投げ落とす。荷台がいっぱいで乗せきれないイルカは車の背後につないでアスファルトの上を引きずっていく。イルカたちは身悶えし、鳴き叫び、そして最後に解体場で殺される。「これはまさしく拷問です。どうしても殺さなければならないのなら、海から上げる前に、心臓を一突きしてやることだってできるはずですから。」と生物学者のダイマーは言う。「イルカは痛みをはっきりと意識します。人間のように苦しむのです。」
9004 餓鬼sendagaya_mitsuo>つまり、バカってことじゃないの?
これが鼻先の人参で、己の親も子も見捨てる臆病で卑怯な餓鬼の戯言である。
これは メッセージ 42507 (discover_200 さん)への返信です.
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