動物愛護と人間愛は繋がらない
投稿者: sanba_3_sanba 投稿日時: 2008/09/16 16:37 投稿番号: [41596 / 63339]
動物愛護と人間愛は関係がない。
人間は人間を大切にする。この価値観を確立することが優先される
ヒットラーは犬を溺愛したがユダヤ人を虐殺した。
アウシュビッツの責任者ルドルフ・ヘスは馬を溺愛したが、ユダヤ人をホロコーストした。
豪州の反捕鯨派は鯨を溺愛するが、日本人の命を軽視するテレビ番組を作る。
アメリカの反捕鯨団体はイルカを溺愛するが、日本人の漁師の生活は顧みない。(でもアメリカ国内の生存捕鯨はスルー)
ナチスと動物(青土社)から抜粋
■P186■
ナチスの党員が動物に親切だったことを疑う理由はまったくない。ウィーンで青年時代を過ごしたヒトラーは、朝食で余したパンを公園でリスやカラスに与えるのを常とした(Waite,P.41)。ナチス政権の他の幹部クラスの多くもペットを飼っていた。多くのナチス党員にとって、動物を可愛がることは、他人とのあいだに親密感や友情を築きあげることの不器用さや適正の欠如と心理的に結びついていた。ヒトラーは友人が死亡してもほとんどあるいはまったく感情を示さなかったが、飼っていたカナリアが死ぬと涙を流した。また、人間が殴打されたり殺される映画を見ると楽しむ風情だったが、動物が同じ目に遭うと我慢できない様子を示した。(Victor,P.62)親衛隊の隊長ヒムラーも、侍医の言葉によると、狩猟に対し「陽性ヒステリー」の反応を示した。強制収容所のすべてを最高レベルで差配したこの人物が、渋面をつくってこう述べたと伝えられる。「森のへりを無垢で無防備で、何の疑いも抱いていない哀れな動物が駆け抜けようとする。これを狙い撃ちで射殺する。それがそんなに楽しいのかね?人殺しそのものではないか!」(Fest,P.111)
ナチスと動物(青土社)から抜粋
■P221■
ナチスの宣伝で利用されたハンス=ペーター・リヒテルの有名な物語は、コーシャ屠殺を次のように描いている。・・・・ユダヤ人の僧侶は牛に近づき、生贄のナイフをゆっくり振り上げる。牛は死で脅かされ、唸り声を出し、自由になろうと身をもがく。しかし、ユダヤ人は憐憫を知らない。稲妻のような速さでナイフを牛の首に突き立てる。血がほとばしる。すべてがその血に浸される。牛は激しくもがく。目は苦痛でうつろになっている。慈悲無きユダヤ人は血だらけの牛の苦痛を短くする手段はいっさいとらない。むしろ血の中をころげ回る気配だ。彼は血を求めている。(Farbe-Vassas,P.141)
ナチスのプロパガンダ映画『放浪のユダヤ人』では屠殺される時に羊や牛が苦痛にもがく陰惨なシーンが延々と続く。ユダヤ人のげらげら笑いが大写しになる。ナレーションがこう説明する。「この人たちのいわゆる宗教は、普通の方法で殺した肉を食べることをユダヤ人に禁じています。そこで、この人たちは完全に血を抜き取るまでは動物に死を迎えさせないのです。」
人間は人間を大切にする。この価値観を確立することが優先される
ヒットラーは犬を溺愛したがユダヤ人を虐殺した。
アウシュビッツの責任者ルドルフ・ヘスは馬を溺愛したが、ユダヤ人をホロコーストした。
豪州の反捕鯨派は鯨を溺愛するが、日本人の命を軽視するテレビ番組を作る。
アメリカの反捕鯨団体はイルカを溺愛するが、日本人の漁師の生活は顧みない。(でもアメリカ国内の生存捕鯨はスルー)
ナチスと動物(青土社)から抜粋
■P186■
ナチスの党員が動物に親切だったことを疑う理由はまったくない。ウィーンで青年時代を過ごしたヒトラーは、朝食で余したパンを公園でリスやカラスに与えるのを常とした(Waite,P.41)。ナチス政権の他の幹部クラスの多くもペットを飼っていた。多くのナチス党員にとって、動物を可愛がることは、他人とのあいだに親密感や友情を築きあげることの不器用さや適正の欠如と心理的に結びついていた。ヒトラーは友人が死亡してもほとんどあるいはまったく感情を示さなかったが、飼っていたカナリアが死ぬと涙を流した。また、人間が殴打されたり殺される映画を見ると楽しむ風情だったが、動物が同じ目に遭うと我慢できない様子を示した。(Victor,P.62)親衛隊の隊長ヒムラーも、侍医の言葉によると、狩猟に対し「陽性ヒステリー」の反応を示した。強制収容所のすべてを最高レベルで差配したこの人物が、渋面をつくってこう述べたと伝えられる。「森のへりを無垢で無防備で、何の疑いも抱いていない哀れな動物が駆け抜けようとする。これを狙い撃ちで射殺する。それがそんなに楽しいのかね?人殺しそのものではないか!」(Fest,P.111)
ナチスと動物(青土社)から抜粋
■P221■
ナチスの宣伝で利用されたハンス=ペーター・リヒテルの有名な物語は、コーシャ屠殺を次のように描いている。・・・・ユダヤ人の僧侶は牛に近づき、生贄のナイフをゆっくり振り上げる。牛は死で脅かされ、唸り声を出し、自由になろうと身をもがく。しかし、ユダヤ人は憐憫を知らない。稲妻のような速さでナイフを牛の首に突き立てる。血がほとばしる。すべてがその血に浸される。牛は激しくもがく。目は苦痛でうつろになっている。慈悲無きユダヤ人は血だらけの牛の苦痛を短くする手段はいっさいとらない。むしろ血の中をころげ回る気配だ。彼は血を求めている。(Farbe-Vassas,P.141)
ナチスのプロパガンダ映画『放浪のユダヤ人』では屠殺される時に羊や牛が苦痛にもがく陰惨なシーンが延々と続く。ユダヤ人のげらげら笑いが大写しになる。ナレーションがこう説明する。「この人たちのいわゆる宗教は、普通の方法で殺した肉を食べることをユダヤ人に禁じています。そこで、この人たちは完全に血を抜き取るまでは動物に死を迎えさせないのです。」
これは メッセージ 41593 (springsanbo さん)への返信です.
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