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いるか殺したその罰で

投稿者: discover_200 投稿日時: 2008/09/04 02:32 投稿番号: [40244 / 63339]
http://133.1.255.37/~mikeda/iruka.html
イルカ・ウォッチャーとしての柳田国男   (目次に戻る)
  日本民俗学の創始者である柳田国男は、またイルカ・ウォッチングの創始者でもある。というのは彼は九州での調査のおりに鹿児島の錦江湾で、あるいは国際連盟信託統治委員としてヨーロッパへの赴任や帰還の途上のインド洋で、船と平行して泳ぐイルカを眺めて感慨に耽っているからである。彼の述懐によると、イルカはあたかも「船を護送」しているようであり、また「一つの目的に狂奔するような、自由なる遊戯を観た」という。さらに「見えざる霊に由つて、人界に、遣わされたるもののごとく、我々で思うことが出来るのだ」と述べている(柳田国男『海豚文明』1924年)。

  むろんこれだけを根拠にして柳田をウォッチングの創始者とするには過大評価のそしりは免れない。もうすこし説明が必要である。柳田はこのような群をなして泳ぐイルカが、「日本人」のみならず世界のさまざまな民族をして、我々の世界の外側から遣わされた使者としてみたり、イルカが群をなしてあたかも寺社に参詣しているのだと理解する習俗がうまれたと理解した。彼はこの習俗のことがずっと気になっていたらしい。佐渡には海豚参詣の話が伝わっており盆踊りの唄のなかに目敏く、イルカを殺した罰が報われるという一節「達者の伝次が焼けた、いるか殺したその罰で」を彼は発見し、「今でも海豚を見又は話を聞くたびに、一度でも連想を馳せなかったことが無い」と述懐しているほどである(『佐渡一巡記』1932年)。やがて『海上の道』に収載されるようになる雑誌『民間伝承』の彼の喜寿の記念号(1951年)において、「知りたいと思ふ事二三」ということのなかに海豚参詣について、彼は次のように書いている。
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