生来の残虐餓鬼anti_whaling_business
投稿者: discover_200 投稿日時: 2008/08/29 02:05 投稿番号: [39750 / 63339]
馬脚を現した残虐餓鬼
anti_whaling_business No.20250>アリを踏み潰したり、他の虫も足をもいだり羽をどこまでちぎって飛べるかなと実践してみたり、小ぶし大の石を猫に投げつけたり。
そして物心つくまでに殺した小動物の数は数知れず。
最近のサイコパスの人格異常犯罪者はこうして作られている。
猟奇殺人者は悉く小動物の殺戮を行ってたことは周知の事実である。
浦島太郎は園児が最も聞かされる話だが、この餓鬼部落のガキは幼稚園にも通えなかった。
”弱いもの苛めをするな”ということが、俺達の子供時代(昭和30年代)に最も強調された教えだった。
お前のような残虐なガキは稀だったし、一様に頭が弱いと思われていたものだ。
弱いもの苛めをする奴を番長の俺が見つけたら、”この卑怯者が!”と、即、頭を打ん殴ってた。
結果として我々の時代には苛めなどほとんど見られなかった。
anti_whaling_business No.20250>ちゃんと食べる。
お前が殺した蟻も猫も食ったのか、△違い?
anti_whaling_business No.20250>少しでも自分が残虐な行動をとっていたら将来の自然に対する敬意が違ってくる。
地獄に堕ちることを予感するんだよ、低能でもな。
anti_whaling_business No.20250>あの痺れるようなすっぱさに二度と食わなくなる。
それで蟻を殺すのを止めた訳じゃあるまい。
anti_whaling_business No.20566>残酷・知性がある・かわいそう理論は論外
人類より遥かに知性が高い存在でも平気で殺して食おうとする
人殺し平気症の人食い餓鬼である。
No.20566>結局、人が動物を食うということは牛であろうが豚であろうがイルカ、鯨であろうが残酷なものである。
人殺しも虫殺しも残酷感はフラットで変わらないと嘯く△違いである。
人を食うこととはどう違うのだ、△違い?
この人格障害に△違いには虫を殺すのも人殺すことも、
牛や豚を殺すと同じくらい残酷である。
つまり、この△違いは残酷という感覚が存在していないのである。
寧ろ、快楽を覚えていることが明らかだ。
こういう△違いには歯止めが全く無い。
こういう△違いはどうやって生まれるか、告白している。
これは メッセージ 39731 (whaling_agreement_vegan さん)への返信です.
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