蚊とヒトの命が等しいと嘯く△違いはsanba
投稿者: discover_300 投稿日時: 2008/07/10 00:12 投稿番号: [35284 / 63339]
sanba_2_sanba >一頭の牛・一頭の鯨・・・・どちらの命も同じ価値だ。
お前だけだよ、統合失調の△違い極痴。
sanba_2_sanba No.35076 >反捕鯨派ってどうして鯨だけで牛は無視 なの?
この統合失調極痴は蚊の命も人間の命の価値も等しいと嘯く△違いである。
>私としては諸氏が何度も言われるように豚と鯨で命の価値に差があるなどとは思い得ませんし、恐らく”怖い”、”死にたくない”、”悲しい”という気持ちの強さに差はないと思いますよ。
誤解を恐れず言うと、(マクロな)人が決める「命の重さ」には違いがあるということだ。
1.先ず、人と他の生物の間に差を与えている。(でなければ、動物実験などとんでもないことだ)
2.次に、人間同士でも差を与える。(但し、これは極めてデリケートな問題を含んでいる)
3.生物間でも差を与える。(1.を認めればここをフラットにできない)
「死刑囚の命の価値」は動物より低いと見なされる。でなければ死刑にできない。
同様に、犯罪者の命の価値はその重罪度に応じて低いと見なされる。
しかし、これと似た感情(社会の役に立たない)が非常に危険な流れを引き起こすのも事実で、
障害者、特に精神病者を社会の損失として抹殺しようとしたのがヒトラー。弱肉強食の論理帰結である。
以上の理由から、戦後教育は無条件に「命の重さ」を強調し過ぎ、平等という印象を与えたのだろう。
「人の命は地球より重い命」・・・、嘘に決まっている。このような、単純誇大化が民主主義の発達
の阻害要因となってる例がいくつもある。「医者と患者」の関係。「教師と生徒」の関係等々。
前者は「信頼という名を借りた自己責任回避」、後者は「平等という名を借りた無秩序」をもたらした。
これは メッセージ 35279 (sanba_2_sanba さん)への返信です.
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