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①残酷という感情は普遍的な感情である

投稿者: discover_300 投稿日時: 2008/07/05 00:28 投稿番号: [34670 / 63339]
①残酷という感情は普遍的な感情である

papa_iwase >浅いね、残酷だと感じる閾値が人や社会・環境によって異なる事を見落としている。

それは、お前らのような異常者、常習者(感覚麻痺)は除外されるということだ。

残酷感覚の由来は知能
投稿者: discover_100 2002/ 4/28 3:10
メッセージ: 6511

(自己認識→対自能力)
従って、これはアプリオリな能力(第六感?)

>理性において「これは残酷な出来事である」
と判断出来る。これが重要。

passionが行動の駆動力であって、意欲は感情が揺すぶられなければ生じない。
理性は高まり過ぎた感情を抑制し、逆に高揚しない感情を想像力で引き出そうと調整する能力。
「これは残酷な出来事である」なら、「感じるもの」でなければ実効性は無い。
行動の原動力である情熱の移植はロボットや人工知能には困難な部分。
純粋理性で処理することは無理。

90.「残酷感覚の普遍性」の証明
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835563&tid=a5afa58a5ildbj a4ka4da4a4a4f&sid=1835563&mid=3482

不感ロボ>「親近感、愛着、心理的共感など」を、ある対象に感じることに一般性があることの証明
が成されていない。

これらの能力を人間はアプリオリに有するという前提がある。

不感襤褸>それならば人は生まれながらに、ある種の動物に対して、殺すこと
を残酷と考える機能が備わっていると言うのでしょうか。

備わっている。それは感情移入する能力がアプリオリに存在するから。
アプリオリとして知られているものとして論理がある。例えば三段論法。
ここではカントが道徳律をアプリオリなものとして受け入れたことは取り上げない。

襤褸仮面>逆ですね。幼児は他者の痛みが
判らない。社会教育によって、感情的に、次いで論理的に、他者の痛みを理解し、残酷なことかどうかの判断が出来るようになる。


幼児にはそれだけの知能が育っていないだけで、それが未熟ということに過ぎない。
優生の遺伝子と一般的環境で、成長すれば獲得するものをその種性という。
ある時間、一定年齢以下の子供、心神喪失、ショック時の成人、知的障害、精神分裂症者、
老人性痴呆、ある空間、特殊な環境で育った狼少年、先天及び後天的異常者などには
備わっていないことを以って人間としての一般性を何ら欠くものではない。
足が5本あるカエルを見てカエルは四本足は真実ではないというようなことはない。
ジャンプできないカエルを見て、これはカエルじゃないと言う冗談のようなこと。
sadistの猟奇殺人者を調べたり、己自身を内省して、人間は残酷な動物であると結論するようなもの。
特殊な条件を除去取り除いたものを本質として見なければ何も見えて来ない。
悲しいかな、己が特殊な存在であることをこういう特殊な連中は無自覚であることが多い。
例えば、抵抗(空気、気流)がある地球上で、同時に羽根と石が着地しないからといって
万有引力の法則に普遍性がないとは言わない。
知能が低い人間は一般性、共通性、法則、普遍性の抽象能力が劣っているので本質が見えない。
これが、知能検査で多用される理由である。
結果的に一般性(知識)を学習できず、予測能力がなく何度も同じ(本人にとっては違う)失敗を繰り返す。
即ち、環境適応性に欠く。環境適応能力が知能と言われる所以がここにある。
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