Re: >アラキドン酸・一部修正 横
投稿者: sanba_2_sanba 投稿日時: 2008/06/25 16:32 投稿番号: [33131 / 63339]
>>・将来に備え、目視と調査捕鯨を通じて〜
これを放棄すれば、2050年の段階で、人類も大量に餓死するが、それに伴い多くの野生動物が絶滅する可能性がある。
>何が起こるか予見するのは難しいのですが、
1 食料の枯渇は自然環境の無制限な利用を誘発し、自然環境を破壊する方向に向かうだろう
2 将来の設計としてあらゆる食料資源の利用を視野に入れておいて損はない
3 その一つの方法が海洋資源であり、資源量と資源動態の把握、海洋生態系の理解、資源利用の方法論などは研究しておく必要があるだろう
と考えます。可能性がある・・という言い方をしますが、概ね同意でしょうか。
●同意です。食糧難に結果としてならないこともあるでしょう。でも、食料難に本当になったらどうするのか・・・。安易な判断で自分たちの「子孫に対する責任」を放棄してはならないと思います。
>>漁業を放棄できない以上、「鯨を1匹も殺すな」は、海の生態系を崩壊させると思います。殺されない膨大な数の鯨と、飢餓に貧した人類との魚の奪い合い。恐ろしいです。
>崩壊するかどうかは量的な問題なので断言はできませんが、そのような事が起こる可能性はあります。
ただ、表現の方法として、「人間が魚を捕るからこそではあるが、クジラとの競合が起こってしまう。といって漁業を放棄すれば人間が飢える。よってなるべく干渉したくはないのだが、この程度のクジラを捕ることで**トンの肉が得られ、その結果浮いた餌が**トンの漁獲として得られ、結果としてクジラの大半と我々が残る」という(遠慮した)言い方でないと、賛成が得にくいと思うのですね。
●私の言い回しとしては、「生き物の命を大切にしたい君の考えは尊敬できる。でも、“鯨を一匹も殺すな”は、2050年の食糧難の時に“海洋資源”に頼らざるを得ない日本人の生命を脅かす。だから調査捕鯨などを通して、将来に備えることが必要だ。・・・・・という言い回しでした。ほぼ同じだと思うのですが・・・。
>私はこれでも結構な生き物好きですので、いかなる生物であれ無碍に殺したくはありません。また人為的な管理も、しなくて済むならしたくありません。もし10年前の自分に「生態系を管理するためにクジラを間引く必要がある」とだけ言えば、反発したでしょうね。
●私としてはスポーツハンティング・未成年の小動物に対する殺戮・・・こういう自分の欲望を満たすための殺生は許せません。
人間が食べるため、生きるための殺生は、肉食動物が草食動物を食べることとその意味するところはイコールだと考えています。
海に関しての人為的な管理は、人間が漁業を行っている以上やむを得ないと考えています。特定の生物だけをこれから除外すれば、生態系は余計に崩れるのでは・・・?と思っています。確信はここにはありませんが、どう思いますか?
>>●彼らは「鯨=人間」の反捕鯨です。私は鯨保護ですが、「鯨<人間」・・・・この倫理観の違いが最大のネックと感じています。
まあ、極論すれば「あんな馬鹿よりクジラの方が大事だ!」という意見もそりゃあり得ますが。
ただ・・・ これも極論ですが、クジラの生命と人間の生命を選ばなければいけないとする。「じゃあ人間よりクジラが大事だというお前から死んでくれ」と言われてさっと死ねるか? いや、本人が死ぬのは自由なんですが、その時に他人を殺して良いか? あるいは家族や恋人を死なせるか? という問題になるのですね。
「お前から死んでみせろ」と言われて「いや、自分は大事な人間だがお前はそうじゃない」と言ってしまえば、(そりゃそういう哲学だってあり得るけど)絶対に支持されません。だって、残り数十億の人間はいつ生け贄にされるかわからないんですから。身内にしかアピールしないよ、というのは、こういういわば「選民思想」みたいなものに通じるからです。
●彼らは“選民思想”の持ち主ですよ。私は此処に反発して、今までこだわってきました。「生き物の命を大切にしよう」は理解できるんです。その背後にある選民思想・上から目線・誹謗中傷・・・・・私はこういう姿勢の人とはどうしても冷静に話が出来ません。未熟だと分かっています。選民(侮蔑)されてまで、お願いしよう・賛同を得よう・・と言う気にはならないのです。
●アドバイスありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
これを放棄すれば、2050年の段階で、人類も大量に餓死するが、それに伴い多くの野生動物が絶滅する可能性がある。
>何が起こるか予見するのは難しいのですが、
1 食料の枯渇は自然環境の無制限な利用を誘発し、自然環境を破壊する方向に向かうだろう
2 将来の設計としてあらゆる食料資源の利用を視野に入れておいて損はない
3 その一つの方法が海洋資源であり、資源量と資源動態の把握、海洋生態系の理解、資源利用の方法論などは研究しておく必要があるだろう
と考えます。可能性がある・・という言い方をしますが、概ね同意でしょうか。
●同意です。食糧難に結果としてならないこともあるでしょう。でも、食料難に本当になったらどうするのか・・・。安易な判断で自分たちの「子孫に対する責任」を放棄してはならないと思います。
>>漁業を放棄できない以上、「鯨を1匹も殺すな」は、海の生態系を崩壊させると思います。殺されない膨大な数の鯨と、飢餓に貧した人類との魚の奪い合い。恐ろしいです。
>崩壊するかどうかは量的な問題なので断言はできませんが、そのような事が起こる可能性はあります。
ただ、表現の方法として、「人間が魚を捕るからこそではあるが、クジラとの競合が起こってしまう。といって漁業を放棄すれば人間が飢える。よってなるべく干渉したくはないのだが、この程度のクジラを捕ることで**トンの肉が得られ、その結果浮いた餌が**トンの漁獲として得られ、結果としてクジラの大半と我々が残る」という(遠慮した)言い方でないと、賛成が得にくいと思うのですね。
●私の言い回しとしては、「生き物の命を大切にしたい君の考えは尊敬できる。でも、“鯨を一匹も殺すな”は、2050年の食糧難の時に“海洋資源”に頼らざるを得ない日本人の生命を脅かす。だから調査捕鯨などを通して、将来に備えることが必要だ。・・・・・という言い回しでした。ほぼ同じだと思うのですが・・・。
>私はこれでも結構な生き物好きですので、いかなる生物であれ無碍に殺したくはありません。また人為的な管理も、しなくて済むならしたくありません。もし10年前の自分に「生態系を管理するためにクジラを間引く必要がある」とだけ言えば、反発したでしょうね。
●私としてはスポーツハンティング・未成年の小動物に対する殺戮・・・こういう自分の欲望を満たすための殺生は許せません。
人間が食べるため、生きるための殺生は、肉食動物が草食動物を食べることとその意味するところはイコールだと考えています。
海に関しての人為的な管理は、人間が漁業を行っている以上やむを得ないと考えています。特定の生物だけをこれから除外すれば、生態系は余計に崩れるのでは・・・?と思っています。確信はここにはありませんが、どう思いますか?
>>●彼らは「鯨=人間」の反捕鯨です。私は鯨保護ですが、「鯨<人間」・・・・この倫理観の違いが最大のネックと感じています。
まあ、極論すれば「あんな馬鹿よりクジラの方が大事だ!」という意見もそりゃあり得ますが。
ただ・・・ これも極論ですが、クジラの生命と人間の生命を選ばなければいけないとする。「じゃあ人間よりクジラが大事だというお前から死んでくれ」と言われてさっと死ねるか? いや、本人が死ぬのは自由なんですが、その時に他人を殺して良いか? あるいは家族や恋人を死なせるか? という問題になるのですね。
「お前から死んでみせろ」と言われて「いや、自分は大事な人間だがお前はそうじゃない」と言ってしまえば、(そりゃそういう哲学だってあり得るけど)絶対に支持されません。だって、残り数十億の人間はいつ生け贄にされるかわからないんですから。身内にしかアピールしないよ、というのは、こういういわば「選民思想」みたいなものに通じるからです。
●彼らは“選民思想”の持ち主ですよ。私は此処に反発して、今までこだわってきました。「生き物の命を大切にしよう」は理解できるんです。その背後にある選民思想・上から目線・誹謗中傷・・・・・私はこういう姿勢の人とはどうしても冷静に話が出来ません。未熟だと分かっています。選民(侮蔑)されてまで、お願いしよう・賛同を得よう・・と言う気にはならないのです。
●アドバイスありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
これは メッセージ 33124 (corax_lupus さん)への返信です.
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