捕鯨とクジラ保護

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フリッパーの誕生

投稿者: discover_300 投稿日時: 2008/06/20 01:20 投稿番号: [32477 / 63339]
http://www8.big.or.jp/~marine/drc/about_drc.htm

  DRCとその前身は、1958年からずっとここ、グラッシーキーで運営してきました。ここはイルカの研究、飼育、そして訓練の先駆者であったサンティニ氏によって「サンティニイルカ学校」として初めて設立されました。サンティニ氏のイルカで特に賢いイルカだったミッツィは、パイロット映画の「フリッパー」で、一躍、大衆の脚光を浴びました。そのイルカの最後の休養場所、そして記念碑を大切な財産としてここで見ることができます。ここのイルカの初代であるミッツィ世代の子孫は、今3代目に入っています。

1971年、サンティニ氏は娯楽企業にこれを売りました。そしてこの施設は、1977年まで「フリッパーの海学校」という名の、イルカショーで知られる施設として運営されました。その後1977年、ジーン・ポール、フォートム・ゴーウィンによって購入されました。クジラ類の保護活動家として広くみとめられていたジーン氏は、大衆向けの施設を閉鎖し、様々な研究に専念しました。ジーン氏の目的は、世界に捕鯨の中止を納得させる根拠として、イルカ達がより高い知能を持っていることを証明することでした。「イルカ研究所」と改名したこの施設は、イルカの言語・判断能力の研究を行いました。そしてイルカ達が簡単な語・統語法そして言語の真髄を理解する能力があるということを学びました。

1983年に国際捕鯨委員会によって捕鯨停止宣言が採択されたので、オーナーの目的は達成され、もはや研究施設は必要なくなりました。1984年、彼はジェーンとマンディにジェネラル・マネージャーとトレーナーとして経営を任せ、イルカと事業を借金ごと与えたのでした。二人はユニークな教育と研究施設を設立することを目的とした、非営利のドルフィン   リサーチ   センター(DRC)を組織しました。
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