大阪人jienantpは鯨を食って育った
投稿者: jienantp 投稿日時: 2008/05/23 07:11 投稿番号: [27579 / 63339]
門前の餓鬼耳
ってなーに?
永く生きてるが始めての言葉だ。
さて、鯨の話、紀州の大地という狭い土地で鯨を捕っていたのは、背後に
大阪、京都、神戸と巨大な消費圏があったからで、取れればあの大きさ、
相当な量が供給できたし、早舟を仕立てて大阪、神戸に運んだ。
日本の捕鯨は皮の下の皮下脂肪から油を採るだけでなく、その油を絞った
皮まで食った。
今でも京都の錦市場などでは、黒い皮とその下のあめ色をしたスポンジ状の
脂肪層の干したものが、コロ、と呼ばれ売られている。
そう、皮も、肉も、骨も、髭も細工に使ったりして余すところ無く利用した。
臓物などはその、取ったところでは、大地ではご馳走として食べられた。
特に捕鯨が盛んになったのは、敗戦で食糧事情が極端に悪くなってからで
以前は近海の捕鯨だったのを、キャッチボートに捕鯨砲で南極まで出かけるようになり、日本人の蛋白質の摂取に大きく貢献した。
小学校の給食には毎日のように真っ黒な鯨のステーキが出たんだよ。
discover_300 君、お前さん鯨食ったことがあるんかい?
尾の身の刺身なんて、最高だよ。
ベイコンも美味い。大阪ではお化けといって鯨の皮下脂肪の部分を酢味噌で頂くのが良い酒の肴とされていた。
永い間の鯨を食べる習慣から来る、一種の食文化
!
いま、捕鯨を止められても日本人があまり文句を言わないのは、牛や豚や鶏が簡単に手に入るからで、それでも私のように鯨を食いたい人も沢山居る。
今穀物の高騰、狂牛病、などで食糧事情が変ってきているとき、捕鯨復活は
まもないと思われる。
これは メッセージ 27534 (discover_300 さん)への返信です.
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