無差別殺戮魔fuyoutakaneの論理
投稿者: discover_300 投稿日時: 2008/05/15 00:06 投稿番号: [25605 / 63339]
fuyoutakane No.25208 >
牛だろうが
鯨だろうが
カブトムシだろうが
生命は生命
ある種の生命が価値があり
ある種の生命がない
ということはない。カンガルーを殺しても
クジラを殺しても
ころしたことに変わらない。
虫けらのように人を殺すサイコパスの△違い、無差別殺戮の論理。
>生命の価値に
差があるとかんがえる人々の考えが
かくだいすると
人種差別につながるのだ。
人命を尊重する限り、自動的に生命には差が生まれる。
投稿者: discover_100 2002/ 6/18
メッセージ: 7566 / 7567
人間の生命と動物の生命を同等に扱うことは非人道的だとされる。
これは人間の命は他の動物より尊いと思っていることを意味する。
人間にとって有益な(身近な)ほど、その個々の生物の命はより貴重になる。
動物の生命は植物より尊い。
害虫、雑草の生命の価値は低いと見なされる。
即ち生命には重みが生まれ、生命には序列が生じる。
殺生は人間の感性を麻痺させるから避けるべきである。
これが、シャカの不殺生の意図である。
小動物の虐待・殺生から、殺人、猟奇殺人への閾値が下がることが知られていた。
できるだけ殺生は避ける。
止む得ない殺生でも公開すべきではない。
安楽死はその者が望む場合に限り許される。
それ故、意思表示のできない動物の安楽死は有り得ない。
ところで、人間と他の動物が全く平等だという高邁な思想がある。
この場合、前述と全く逆に人間と動物を差別することは非人道的とされる。
動物を傷つけることは傷害罪、殺すことは殺人罪になる。
売買したり、鎖に繋いで飼うことも、勿論、食べることなど許されない。
これも矛盾無い倫理体系を築けるが、現状でコンセンサスを得ることは無理だろう。
これは メッセージ 25208 (fuyoutakane さん)への返信です.
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