ローマ人の物語
投稿者: yu_dablu 投稿日時: 2007/03/17 17:25 投稿番号: [250 / 63339]
あのシリーズの「キリスト教の勝利」という巻を呼んでいたら、ローマの多神教がキリスト教に取って代わられる課程が捕鯨問題を彷彿とさせて興味深かった。
多神教のローマ人→捕鯨の伝統を維持したい日本人
キリスト教徒→反捕鯨団体
キリスト教が優勢になってきたローマにおいて、最後に残された多神教の女神像の撤廃を求めるキリスト教司教とそれに反対するローマの政治家との対決。その互いの主張が記録に残っており、この本に前文が載っていた。
それを呼んだ感想。理にかなっていたのはローマの政治家(非キリスト教徒)のほうだが、いきおいと断定的な口調でキリスト教司教の主張が通ってしまった感じ。結局、女神像は撤去されローマから多神教の偶像はなくなりイエスとマリア像だけになっていく。歴史は正しいものが勝利してきたとは限らない。
思うに多神教のローマ人は『私はあなたの神の存在を認める。だからあなたも私の多神教の信仰を認めるべきだ。』という考え。一方でキリスト教徒は『神はイエスのみ。それ以外の神像を信仰するのは罪である』という主張。
ローマ人の方がフェアな感じだけど、対決すると主張の強烈さでキリスト教徒のほうが勝ってしまうのかな。でもこれって捕鯨問題と同じ構図だ。日本の主張は『反捕鯨国に捕鯨を強制しません。だから我々にも反捕鯨を強制しないでください。それぞれの信条や伝統を互いに尊重すべきでしょう。』というもの。それに対して欧米の反捕鯨国は、『クジラは知的で殺してはならない動物だ。捕鯨は罪であり捕鯨の伝統は否定されるべきだ。』
ローマの多神教の神像が全て撤去されキリスト教の勝利に終わったように、捕鯨の伝統も強制的にやめさせられるんだろうか。がんばれニッポン!
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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