捕鯨反対運動の真相
投稿者: uy_db 投稿日時: 2008/04/27 23:28 投稿番号: [23350 / 63339]
レスが多過ぎて全部は見ておりませんので、もしそういうレスがあったのであれば失礼ですが、
┌ --------
もともとは、ベトナム戦争反対の矛先を曲げる為に作られたもの。今回も何か裏にあるのでしょうね。相手にしないのが一番と言いたいですが、折角向こうがいちゃもんつけてきたのだから、こっちもやったればいいのに。
└ --------
これ↑は間違いです。
┌──────────「渡部亮次郎さん(当時の日本国外務大臣秘書官)」
―― 捕鯨反対運動の真相
捕鯨反対運動の影に、米国自動車業界があります。
排気ガス反対運動を捕鯨反対運動に曲げたのは彼らです。
だから、捕鯨の正当性をいくら主張しても「聞く耳持たず」です。
ーーー捕鯨反対運動の最初の被害関係者として指摘しておきます。
1965年、アメリカの社会運動家、弁護士として著名なラルフ・ネーダーが
『どんなスピードでも自動車は危険だ:アメリカの自動車に仕組まれた危険』
Unsafe at Any Speed:The Designed-In Dangers of the American Automobile
という、乗用車の欠陥を指摘する本を出版し全米に衝撃を与えた。
アメリカの自動車産業が、シートベルトなど安全装置の導入に抵抗し、安全性
向上のための投資を渋っていると述べ、特にジェネラルモーターズ(GM)製の
「シボレー・コルベア」に欠陥が多いと告発した。 ---- もっとも、その最大の
欠陥であるサスペンションの設計ミスは、1964年製からは修正されていた
のであったが。
GMはこの本を徹底的に無視する一方、彼を貶める為に探偵をも雇って粗探し
をしたが失敗し、逆にプライバシーの侵害であるとしてネーダーに訴えられて
賠償金を支払うことになった。
GMはまた、1966年には、上院の自動車安全問題分科会への出席を余儀な
くされ、ネーダーに一連の妨害を謝罪することとなり、その後コルベアは生産
中止に追い込まれた。「ウイキペディア」
アメリカから始まった捕鯨反対運動は、ラルフ・ネーダーのこの動きと軌を一
にするのだ。わが国外務省高官(故人)が、捕鯨委員会の会議で生卵をぶつけら
れるという屈辱的な出来事が起こったのもこの頃である。
その頃(1977―81)、外相秘書官としてワシントンDCをしばしば訪れて
いたが、米政府高官が解説する捕鯨反対運動への資金提供者はGM以外の何者
でもなかった。
GMは、消費者の反対運動の勢いを他に向けたい。顧問弁護士らが頭をひねっ
た末、捕鯨反対運動と思い定めたGMは、他のメーカーとかたって莫大な資金
を消費者団体に渡しながら捕鯨反対運動推進をそそのかした。消費者団体の主
なメンバーは、まっしぐらに捕鯨反対運動に走った、というものだった。
└──────────
┌ --------
もともとは、ベトナム戦争反対の矛先を曲げる為に作られたもの。今回も何か裏にあるのでしょうね。相手にしないのが一番と言いたいですが、折角向こうがいちゃもんつけてきたのだから、こっちもやったればいいのに。
└ --------
これ↑は間違いです。
┌──────────「渡部亮次郎さん(当時の日本国外務大臣秘書官)」
―― 捕鯨反対運動の真相
捕鯨反対運動の影に、米国自動車業界があります。
排気ガス反対運動を捕鯨反対運動に曲げたのは彼らです。
だから、捕鯨の正当性をいくら主張しても「聞く耳持たず」です。
ーーー捕鯨反対運動の最初の被害関係者として指摘しておきます。
1965年、アメリカの社会運動家、弁護士として著名なラルフ・ネーダーが
『どんなスピードでも自動車は危険だ:アメリカの自動車に仕組まれた危険』
Unsafe at Any Speed:The Designed-In Dangers of the American Automobile
という、乗用車の欠陥を指摘する本を出版し全米に衝撃を与えた。
アメリカの自動車産業が、シートベルトなど安全装置の導入に抵抗し、安全性
向上のための投資を渋っていると述べ、特にジェネラルモーターズ(GM)製の
「シボレー・コルベア」に欠陥が多いと告発した。 ---- もっとも、その最大の
欠陥であるサスペンションの設計ミスは、1964年製からは修正されていた
のであったが。
GMはこの本を徹底的に無視する一方、彼を貶める為に探偵をも雇って粗探し
をしたが失敗し、逆にプライバシーの侵害であるとしてネーダーに訴えられて
賠償金を支払うことになった。
GMはまた、1966年には、上院の自動車安全問題分科会への出席を余儀な
くされ、ネーダーに一連の妨害を謝罪することとなり、その後コルベアは生産
中止に追い込まれた。「ウイキペディア」
アメリカから始まった捕鯨反対運動は、ラルフ・ネーダーのこの動きと軌を一
にするのだ。わが国外務省高官(故人)が、捕鯨委員会の会議で生卵をぶつけら
れるという屈辱的な出来事が起こったのもこの頃である。
その頃(1977―81)、外相秘書官としてワシントンDCをしばしば訪れて
いたが、米政府高官が解説する捕鯨反対運動への資金提供者はGM以外の何者
でもなかった。
GMは、消費者の反対運動の勢いを他に向けたい。顧問弁護士らが頭をひねっ
た末、捕鯨反対運動と思い定めたGMは、他のメーカーとかたって莫大な資金
を消費者団体に渡しながら捕鯨反対運動推進をそそのかした。消費者団体の主
なメンバーは、まっしぐらに捕鯨反対運動に走った、というものだった。
└──────────
これは メッセージ 314 (takipom1973 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019607/ja7dfa4ha5afa58a5ijdd8n_1/23350.html