命は大切
投稿者: roranjapan 投稿日時: 2008/04/24 22:42 投稿番号: [22820 / 63339]
わたしは食べ物の命より、食べ物の蛋白質や澱粉ほかの栄養分を考えてしまう。いわゆる生物の食品資源的な考えです。資源はほしいけど命はほしくない。肉やベーコンが海でとればいいんです。
う〜む、食品となる生物の生命の尊重ね。
究極は食べ物の命と、それを食べて維持する自分の命のどっちが大事かの比較かも。
でも命とはなんだろう。
将来科学が進んでクジラと全く同じ科学組成の物体が作れたとしたら、それは自分でオキアミを索餌して生殖行動をし、老化して死ぬんだろうか?
それとも出来たのは死体か。
我々死んだら意識も全く消滅するんだろうか。意識だけ霊(肉体を離れた命)としてどこかに行くんだろうか?
プシュケと肉体は不可分?
霊は数学でさえ模式的なものしか分からないあの多次元空間の存在?
だったら時間に逆らえない3次元空間の肉体に縛られている人間には絶対に感知し得ない存在。
だったらあってもなくてもどっちでもいいんです。
同じ空間のなかでも自分以外の生命の実存は感知できない。他人はどうである、他の生物はどうであるといってもすべて幻想です。実存なんて消去法で考えたら自分があることだけなのかも。
捕鯨という現実問題に「命」という不確定なものを介在して考えること自体ナンセンスかと。
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