Re:政治行為能力の保証=トピずれ
投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2008/04/16 16:18 投稿番号: [21077 / 63339]
国家の立法権が執行権と結合した場合、暴政的な法を作り、暴政的にその法を執行する恐れがある。よって、そこに国民の自由は存在しない。
◆日本には自由が存在している、心配無用。
国家の裁判権が立法権または執行権と結合した場合、国民の生命と自由は恣意的な統制の下におかれる。
※たら→れば→誰が恣意的統制をする?
◆日本は場当たり的な政策は遣ってい、大丈夫だ。
国家に保存されなければならない民主主義の要件とは、政府に反抗し、政府を批判し、それを平和的に置き代えるという国民の権利を認めることである。
※れば→たら→選挙
「置き変える」?
◆日本は選挙による政権交代はとうぜんながらできる。
国家権力の濫用の中でもっとも大きいものは、政治上の批判者、反対者に対する不当な圧力、非寛容な態度である。
◆個人の信条や反対者に対しても日本は寛容な国だ、何も問題ない。
国家権力の濫用を防ぎ、国民の自由と人権を保証するためには、国民の意思を尊重しながら政治を執行する仕組みが必要である。
◆日本には立派な仕組みが整っている。
国民の投票権とは、国民が政治に参加するための権利能力であり、それを十分行使するための行為能力ではない。
※外国人の参政権のことを言っているのか…在日外国人?
◆日本の選挙制度は良く出来ている。
有権者の中に、政治に関心の無い者、政治の知識が無い者が多数を占めた場合、国民の意思にもとづく政治は衆愚政治になってしまう。
◆日本に限った事ではない、色んな人が居て国家と成っている。
衆愚政治を防ぐためには、国民教育による政治行為能力の保証、政治権力による国民教育への介入防止、権力組織の情報公開、多国籍監視団の監視を通じた国民投票及びその義務化が必要である。
◆多国籍監視団の監視の下で選挙?
日本じゃない。
◆何処の国の事を言ってんだ、中国・北朝鮮・ロシア?
これは メッセージ 21061 (ability_action_politics_2 さん)への返信です.
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