捕鯨と国家の品格
投稿者: hyakuhiro1945 投稿日時: 2008/01/23 13:44 投稿番号: [2094 / 63339]
諸君は武士は食わねど高楊枝という諺を知っているか。食事する金が無くとも、ひもじい顔をせず楊枝をくわえて、あたかも今食事したばかりの顔をしなければいけないという武士の心構えを説いたものだ。人は時にして辛抱しなければならない。食べたいからといって何でも食べてよいものか?他人が慈しみ、愛でるものを平気で食べてよいものか?
アフリカでは飢餓のためゴリラやチンパンジーを食べる人達がいる。日本人なら誰でもゴリラやチンパンジーを可愛そうだと思うであろう。だがアフリカ人を責めることはできない。何故なら彼らには他に選択肢がないからだ。
戦後の食料不足の時期には安価で貴重な蛋白資源として鯨を食することも止むをえなかった。だが今は他にいくらでも食べる肉はあるのだ。
韓国人が自国で犬を食うことに対して日本人は文句は言わない。然し愛犬家が多数集まる多摩川の河川敷で韓国人の団体が野犬を殺しバーベキューを始めたらどうだろう。オーストラリアの目と鼻の先で捕鯨をやるのはそれと同じことなのだ。日本は十分に豊かな国だ。国の品格を貶めることはやめようではないか。
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