命を「いただきます」の文化です
投稿者: just_a_thinker_and_speaker 投稿日時: 2008/03/20 22:39 投稿番号: [15751 / 63339]
キリスト教圏では、食事とは神から与えられる恵み。
食べてはならない禁忌の食べ物が存在するのは、神が選別して食べてよいものと悪いものを決めるから。
日本では違う。食事とは、他の生き物の命を頂くこと。
自分が生きるために命をもらう時、日本人は「いただきます」と
感謝の言葉と一緒に手を合わせます。
日本人は食べる命に「食べてよい」も「食べてはならない」も、観念として持っていません。そりゃ、「まずい」「有毒」「不慣れ」など、経験的に食べないものはあります。でも、基本的に、周りの命に神聖とか穢れとかの区別をしないんです。全部ありがたいんです。
だから「鯨は賢いから、食べてはならない生き物である」という考え方は、そもそも日本人の思考文化では受け入れにくい。「(神が決めた)(または我々の考えで決めた)食べてはならない生き物」は、神から食事を恵まれるキリスト教徒やイスラム教徒の方々の考え方です。
そういう意味でも、盲目的に「鯨を食べるな」と叫ぶのは、日本文化に対する不理解だと思います。食文化のみならず、意識・思考の文化を踏みにじっています。
反捕鯨に対する、もやもやとした反感の正体を考えて、こういうことかなと思いましたが、皆さんどうお考えでしょうか?
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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