捕鯨とクジラ保護

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作り話のウソツキ園児roranjapan

投稿者: discover_300 投稿日時: 2008/03/05 22:44 投稿番号: [10440 / 63339]
roranjapan 10020 >でまかせを図々しく言うな。
日本は1950〜1960のBWU規制による捕鯨オリンピック時代から、BWUあたりの肉量が劣るシロナガスクジラをターゲットにしたことは1度もない。

お前こそデマカセを言うんじゃないぞ、作り話のウソツキ園児君。
デカイクジラの方が効率がよいので大型のクジラが狙われたのだ。

http://www.whalelove.org/whales/facts/fact6#
捕鯨オリンピック
戦後間もない時期には、世界最大の動物シロナガスクジラの重量にして、約16,000頭までであれば早い者勝ちで捕獲してよいというルールがありました。

つまり、小さなクジラを捕獲するよりは、大きなシロナガスクジラやナガスクジラをとったほうがクジラから油をとるのに効率が良いため、各国が先を争って大きなクジラを捕獲したのです。この方式は通称「捕鯨オリンピック方式」と呼ばれ、これが結果的に南極海のクジラを激減させてしまったのです。

下のグラフを見ても、いかに大きなクジラを獲りつくしてから、次に大きいクジラを捕獲していったかが良くわかります。


>シロナガスクジラを減らしたのはオランダ、イギリスなどの採油国。

シロナガスクジラにトドメを差したのも後発の日本と言われても仕方ないだろう。
最初の暴行ではなく、最期の一撃を加えた者が殺人者である。


「あのオリンピック捕鯨はやり過ぎたと思う。獲れて母船が処理できずに捨てたこともある。肉もいいところだけとってあとは海にすてたものだ。(昭和)30年代の前半までは南氷洋のどこへ行ってもクジラが群れていたが、後半になると鯨の数がめっきり減ってしまった。キャッチャー(捕鯨船のこと)で何日間走っても鯨に行き会わない。海水ばかりだった。」
(和歌山県太地町出身の砲手の話「捕鯨II」 山下渉登 法政大学出版)

その後、南極海の商業捕鯨は1986年まで続くことになりますが、その間にシロナガスクジラやナガスクジラなどクジラの種類ごとに次々と捕獲が禁止され、結局多くの国々が南極での捕鯨から退いていきました。商業捕鯨最後の年には、日本が南極海で捕鯨をしている唯一の国だったのです。
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