対イラク武力行使

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続き

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2006/10/31 23:49 投稿番号: [97841 / 118550]
翌三八年二月、旧日本軍による「重慶大爆撃」が始まる。


  「ゲルニカ爆撃は一日で終わったが、

重慶は集中した三年間だけで二百十八回行われ、戦略爆撃の思想がより鮮明に現れた。市街地を区分して順に爆弾を落としており、紛れもない無差別爆撃だった」


  焼夷(しょうい)弾という対人兵器も使われ、無差別性、対人殺傷性、戦闘継続意欲の破壊という三要件がそろったと位置づける。


  当時の国際慣習法は、軍事目標に対する攻撃や地上軍の作戦支援の爆撃しか認めておらず、「日本陸軍から七百キロも離れた都市に対する重慶爆撃は違法」だった。軍事目標に対する攻撃は四〇年に始まったドイツと英国の爆撃の応酬でも当初は意識されていたが、報復合戦の中で無差別爆撃への抵抗感は薄れていく。


  大戦末期の日本空襲で、米国は欧州で控えていた夜間に焼夷弾で都市を攻撃する無差別爆撃に手を染めた。前田氏は「アジア人に対するレイシズム(人種差別)」に加え、「蒋介石政権という同盟国に無差別爆撃をしたのだから、日本に容赦する必要はないという意識もあった」と推測。


  さらに、重慶爆撃が技術的にも日本空襲に反映された可能性について言及する。


  「蒋介石の軍事顧問をしていたシェンノートが『竹と紙でできた街には焼夷弾が有効』という手紙をワシントンに出した。

米国はユタ州の砂漠に日本の下町の模型を作って実験し、大戦末期にはナパームという最高の焼夷弾まで作った」


  東京大空襲(死者十万人以上)、広島原爆(同十四万人以上)と、犠牲者数が右肩上がりに増えていく中、重慶大爆撃の存在は見落とされがちだ。


しかし、前田氏は「ゲルニカで千六百人だった死者数が(重慶爆撃では爆撃日が特定されたものだけで)約一万一千人にケタ違いに増えている。

名古屋(死者約八千人)や大阪(同約四千人)の空襲と比べても、少ないとは言えない」と指摘。同じ無差別爆撃を行った負い目がある米国は東京裁判で重慶大爆撃を取り上げず、その違法性は忘れられていったという。


■核抑止戦略やイラク戦にも

  前田氏はゲルニカ、重慶で始まった無差別爆撃の思想は、

大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦による核抑止戦略や、アフガニスタン、イラク、レバノンなどの地域紛争にも転用されていると強調。


今でも爆弾の大半を占める自由落下爆弾は誤爆の確率が高く「ピンポイント爆撃」と呼ぶに値しないし、

誘導ミサイルも目標選定を誤れば「正確無比な誤爆」にしかならないと主張する。


むしろミサイルの登場で兵士は戦場にいる必要すらなくなり、戦略爆撃は「身体性を失った殺戮(さつりく)」に行き着いたとみる。


  「不発弾が市民に被害を与えるクラスター爆弾(親子爆弾)や、劣化ウラン弾も無差別攻撃だ。戦争の長い二十世紀は終わってはいない」

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20061023/mng_____tokuho__000.shtml
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