対イラク武力行使

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乱乱(2005年4月30日時評)

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/08/27 02:17 投稿番号: [95436 / 118550]
(前略)
今回の騒動の原因は、中国の反日教育に原因があると例によってアホなメディアが太鼓を叩いてるけど、古より歴史教育は愛国教育に決まってるじゃん。(3)扶桑社教科書もその路線でしょうが。自民族なり手前の国家が如何に素晴らしく栄光に満ち溢れているかを「国民」たちに洗脳教化したいわけでさ。中国の教科書がヒデェーとか驚いてみせてるけど、かの地のは露骨すぎるだけでさ。本当はうらやましいんじゃないの。その記述の真贋論争というのは神話/幻想同士の突合せになるだけだから、どれが正しいのか問うても元来無意味。どの国家の起源一つとってみても、志の高低で成立しているんではなくって、力による勝者の業績をつなげただけ。真正直に書けるわけはずもない。例えば「全国を統一しました」って記述にどのくらいの血肉が練りこまれているのかってこと。(4)今、JR西日本がやらかした大事故を後の社史にどう書くのかあるいは書けないのか想像してみれば良い。(5)
  だいたい歴史教科書ごときで人の頭を変えようなんてね。左翼にせよ保守・右翼にせよイデオロギーゴリゴリ連の定番だけど、(6)要は己と同じ考えの人間をクローンの如く大量に創り出したいと謂う願望。ねじ込まれる謂わばストーカーの「愛」だね。
  でもその歪んだ「愛」は、受け手の不安や恐れが強ければ受肉させちまうしまうこともある。汚さや醜さ不安や恐れ、すべてを「他者」に背負いこませてしまう事と引き換えに。そうなるともう怖いものは自分の内側には存在しない。常に外側から「敵」として現れる。かくして後は「敵」の打倒に専念すればよい。なんという幸せ!だけど幸は不幸の始まり、今度は幻の「敵」との永久戦争が待っている。見えざる不死身の「敵」との闘い。あーしんど。

  出来れば「愛国者世界一決定戦P−1」(7)でも開催してさ、ガチンコ対決でもやれば。勝利者には、一年間相手の歴史観認めさせるとか教科書使わせるとか、紛争している領土の帰属を決定するとかさ。命知らずの愛国者たちの大一番だ。燃えるぜ!その闘いいかんでは愛国者たち(8)への崇敬の念も高まるだろうし。ホリエモン金出さないかな。(※注釈:時事ネタは長持ちしないな、笑)

(中略)
(3) 19世紀初め、ジェントルマンの特権的な学問であった「歴史」は、19世紀末には、労働者階級を対象に必修化され、これまでの歴史教育において欠如していた愛国心=大英帝国支配の正当化を教えるようになる。ブリストルの機械工の息子ビル・ウッズは当時をこう回想する。「教科書は、国旗を誇りに思い、学校で国旗に敬礼することを奨励したものだ。…確かに、僕たちは、イギリス人であることを誇りに思い、僕たちが世界一の民族なんだと思ったものだ」(『フーリガンと呼ばれた少年たち』井野瀬久美恵   中央公論社1999年p171)

(4) 例えば教科書『中学生の社会科・歴史』(日本文教出版2003年p149)にアイヌに関する記述(本文)は、「先住民であるアイヌ民族の生活は、狩猟や漁業が中心のため、河川や山の利用が制限され、しだいにおびやかされるようになった。政府は、アイヌの人々に農業をすすめ、本州からの日本人と同化させようとしたが、効果が上がらずっ差別も改められなかった。」が全てである。これが「旧土人保護法」や「場所請負制度」の説明とでもいうのだろうか。索引には「アイヌ」の項目すら存在しない。「北海道経済史は辺境における開発の歴史であり、主体は日本人であって、アイヌではない。アイヌの歴史は切り捨てる」と北大経済学部長林善蔵は、自身の講義において立場表明している(1977年4月)。新谷行は、多くの日本人が、アイヌ民族を滅んでしまったものとしているのは、「皇国史観による単一民族国家のデタラメ教育」によるものと述べていたが、(『アイヌ民族と天皇制国家』三一書房1977年)現在ではそこまで露骨ではないが、結果として「アイヌの歴史は切り捨て」ていることは変わっていないんじゃないの。まあすべてのテキストに目を通したわけでもないし教員が補う余地はあるにせよ。

(中略)

(6) 自由主義史観。最近では「自慢史観」と言ったりする人もいるそうな。吾は「自己愛史観」と言いたい。いっそ平田篤胤の『霊能真柱』か佐藤信淵の『鎔造化育論』みたいなのはどうだい。まだ笑えて良い。一方は所謂「自虐史観」あるいは「左翼史観」ですな。学校教育という軟禁状態の中で押し付けられる「反省」や「解放」や「自由」の嘘くささ。
(後略)

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一般に「正史」と呼ばれているものが必ずしも事実であるとは限らない。

だが客観的な視点に欠いた「自慢史観」が「正史」であるなどと妄想に耽るもの達を見ると非常に滑稽ではある。
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